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【戦後71年 楠木正成考<第3部>】挙兵前夜(1)「公」を忘れた日本人へ 幕府軍役に応じ反乱討伐

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【戦後71年 楠木正成考<第3部>】
挙兵前夜(1)「公」を忘れた日本人へ 幕府軍役に応じ反乱討伐

畝傍山の西側上空から見た貝吹山(中央。その左奥は高取山)=奈良県橿原市(本社ヘリから、恵守乾撮影) 畝傍山の西側上空から見た貝吹山(中央。その左奥は高取山)=奈良県橿原市(本社ヘリから、恵守乾撮影)

 もともとは南北朝時代、越智邦澄が自家の菩提所として建立した興雲寺。越智氏没落後は衰退するが、江戸時代に黄檗宗となり、光雲寺として復興。静寂に包まれた境内には本堂や庫裏(くり)、鐘楼門などがあり、越智氏代々の墓碑が並ぶ。

 周辺に越智氏の居館や山城(貝吹山城)があったとされる。また、邦澄は吉野山に近い約6キロ南東に高取城を築城、南朝方に属して戦ったと伝わる。

     =(2)鎌倉幕府将兵より強かった正成…に続く

▼【楠木正成考】挙兵前夜(2)後醍醐天皇の夢に「楠と云はるる武士やある」

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