産経WEST

【夕焼けエッセー】ごほうび

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【夕焼けエッセー】
ごほうび

 「インプラントにするか…」。だましだまし、なんとかもたせていた左下の奥歯がついにダメになった。根が食いしん坊の私にとって、思い切りかみしめられなくなり、味わえなくなるのはつらい。

 何軒もの歯科医の門をたたき、納得できる先生にめぐり合い、決心した。高額な費用にたじろいだが、平均寿命まであと30年。減価償却と考えればよいと自らに言い聞かせた。

 インプラントは治療というよりも大施工工事だった。傷んだ上物を取り除き、くい打ちに耐えるだけの土壌の回復を待って、一次工事をする。くいと岩盤が定着したあと、土を掘り返して装着器具をつける二次工事をへて、最後に上物(人工歯冠)を取り付ける。5本の施術を終えるのに足かけ3年半かかった。

 「よくがんばりましたね」。最後の診察後、先生と衛生士さんが黄色のバラとオレンジ色の鶏頭をあしらった花束をくださった。

 私には子供がいないので、娘や息子の結婚式での花束贈呈というシーンはありえない。夫は記念日に花束を贈るようなしゃれた男ではない。ごほうびの花束は思いがけなく、あやうく涙するところだった。

 「これからが大事です」。先生の言葉に気をひきしめた。どんなにすばらしい建物でも、メンテナンスを怠れば元も子もなくなる。きっちり減価償却できるよう、日々の歯磨きに精を出そうと思う。

柳 純子 56 主婦 大阪府東大阪市

「産経WEST」のランキング