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【石野伸子の読み直し浪花女】昭和のサイカク藤本義一(2)ネット社会も先取り…斬新“二重構造”で同時2作の天才ぶり

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【石野伸子の読み直し浪花女】
昭和のサイカク藤本義一(2)ネット社会も先取り…斬新“二重構造”で同時2作の天才ぶり

昭和38年、テレビ局の楽屋で。空き時間はいつもペンを走らせていた 昭和38年、テレビ局の楽屋で。空き時間はいつもペンを走らせていた

 「残酷な童話」は藤本義一が初めて手掛けた長編だ。「ちりめんじゃこ」とほぼ同時期に書かれた。

 いずれも昭和43(1968)年、作家35歳の年。「11PM」の出演でドラマのシナリオ依頼が激減し、それなら自分で小説を、と書いた書き下ろし。両作とも三一書房から出版され、後に角川文庫に収録されている。

 角川文庫で文芸評論家の武蔵野次郎が書いている。「この二編をいま改めて通読して痛感させられることは、藤本義一という作家の、その小説創作の才能には、天才的なものがあるという感慨だ」。実際、初めて手掛けたという長編小説の鮮やかな手つき。2つの作品の書き分け、豊富な発想に驚かされる。

 大阪弁でしゃべる初老のスリと刑事がうごめきナニワの匂いが濃厚に漂う「ちりめんじゃこ」に比べ、「残酷な童話」は主人公はデパートの宣伝部在籍、妻はデザイナー、知人は作家という都会的センスがあふれた作品だ。ただし、甘い小説ではない。高度成長期の華やかなる世界を舞台に都会人の孤独がサスペンスタッチで描かれる。作家の才気がほとばしる野心作だ。

 主人公はデパートに勤める30男。宣伝部というのがミソ。サラリーマンでありながらクリエーターであることも求められる部署。その証拠に、かつての同僚は文学賞を受賞していまは新聞小説も手掛ける流行作家、デザイナーとして同じ職場にいた妻は独立して店をもっている。夫婦はそれぞれの仕事に生きる今風の共働き夫婦だが、妻が買った新車に彼は一度も乗ったことがない。2人のバランスは微妙なのだ。

 そのすきまをえぐるようにかつての同僚作家が、主人公夫婦をモデルにした連載小説を書き始める。タイトルは「残酷な童話」。

 「シェパード、コリー、プードル、マルチーズ、ヨークシャーテリア、ドーベルマン、それにブルドッグやマスチフ(略)。犬の種類を並べるときりがありません

 しかし、人間はあのライオンと雄々しく戦った犬族の帝王マスチフから、突如として、掌にのり珈琲茶碗に入る愛玩用のチワワになることもあるのです。これからはじまる小説の主人公がマスチフからチワワになった男なのです。彼はPデパートの宣伝部に籍を置いて今年で六年目になります

 なに、俺のことをチワワとあなどるのか。昔からいけすかない奴だった、と新聞を読む主人公は思わず目をむくが、さらに心がふるえつくような描写が続く。

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