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【戦後71年 楠木正成考<第2部>】武士から武将へ(5)「公」を忘れた日本人へ 知と人が支えた「鉄壁の城」

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【戦後71年 楠木正成考<第2部>】
武士から武将へ(5)「公」を忘れた日本人へ 知と人が支えた「鉄壁の城」

千早城跡に建つ千早神社。正成夫妻と長男・正行を祭る=大阪府千早赤阪村(恵守乾撮影) 千早城跡に建つ千早神社。正成夫妻と長男・正行を祭る=大阪府千早赤阪村(恵守乾撮影)

 「鎌倉幕府軍にとっては、迷路といっていい場所だったでしょう」と中井教授は言う。わずか千人といわれる手勢で数万の幕軍を寄せ付けなかった大きな理由はこの地形にあった、という指摘である。

     ◇

 正成の勝因のもう1つを『千早赤阪村誌』が書いている。千早城の戦いの前年、下赤坂城を落とした幕軍が、姿を消した正成を追捕(ついぶ)しようと懸命だった様子を伝える記述である。

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