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【戦後71年 楠木正成考<第1部>】多聞誕生(4)「公」を忘れた日本人へ 物流要衝、財力支えた誕生地

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【戦後71年 楠木正成考<第1部>】
多聞誕生(4)「公」を忘れた日本人へ 物流要衝、財力支えた誕生地

楠公産湯の井戸。地元の保存会が管理している=大阪府千早赤阪村(恵守乾撮影) 楠公産湯の井戸。地元の保存会が管理している=大阪府千早赤阪村(恵守乾撮影)

 〈河内国金剛山の西にこそ、楠多門兵衛正成とて、弓矢取て名を得たる者は候なれ〉

 太平記が書く「金剛山の西」は現在の大阪府千早赤阪村付近。役場前バス停のすぐそば、村の中心部に明治時代に建立された「楠公誕生地」の石碑が立つ。諸説ある楠木正成の生誕地のなかでも有力なのがこの場所である。

 この一角は国有地で、周囲には十数本のクスノキが植えられている。明治や大正時代の皇族が植樹したものだ。

 誕生地のすぐ北、棚田の間を通り、林の中の階段を下りると、「楠公産湯の井戸」と名付けられた小さな井戸に行き当たる。正成が生まれた際、ここからわき出る水を沸かして産湯に使ったという伝承が残る。水は今もわき出ており、子孫繁栄や家内安全に御利益があるとされる。

 「石碑と産湯の井戸、そして村立郷土資料館をめぐる人が多いですね。資料館の年間入場者は約4千人です」

 同村教委の吉光貴裕氏はそう話す。人口約5300人の静かな村を訪れる人の意外な数は、正成の根強い人気を示している。

                   ◇

 誕生地付近では、平成2年から4年にかけて行われた発掘調査で、二重の堀に囲まれた城館跡が見つかった。正成が活躍した14世紀ごろのもので、白磁や青磁などの輸入陶器が多く出土した。

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