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【スポーツの現場】「赤ゴジラ」もいたプロ野球遅咲き列伝…苦節12年の阪神・岡崎も名を連ねろ!

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【スポーツの現場】
「赤ゴジラ」もいたプロ野球遅咲き列伝…苦節12年の阪神・岡崎も名を連ねろ!

笑顔の阪神・岡崎。12年目のブレークなるか 笑顔の阪神・岡崎。12年目のブレークなるか

 プロ12年目だが、昨季まで41試合しか出場していない阪神の岡崎太一捕手の評判がいい。金本監督は「打撃がよくなれば、レギュラーに一番近い」ときっぱり。ひたむきな練習態度が認められて浮上のきっかけをつかんだ32歳が正捕手となれば、指揮官が掲げる「超変革」のシンボルになりそうだ。過去、プロ野球で苦労人がブレークしたケースは何度もある。岡崎はそれらの選手に続くことができるか。

 岡崎は智弁学園高(奈良)、松下電器(現パナソニック)を経て2005年自由獲得枠で阪神に入団。もう一人の自由枠は大阪ガスから入団し、現在も一線級で投げる能見篤史。社会人時代は久保康友(DeNA)とバッテリーを組み、クイックモーションの速い久保と岡崎の強肩は相手チームから恐れられた。打撃も担当スカウトが「逆方向に大きい当たりが打てる」と話していた。

 当然のごとく、当時1軍でマスクをかぶっていた矢野輝弘(現燿大)らを脅かす存在として期待されたが、伸び悩んだ。1軍デビューは5年目の09年。その後もファーム暮らしが続き、2軍の試合では一塁などの内野を守ることもあった。1軍で放ったヒットは6本。背番号も入団時の「27」ははく奪されて「57」に。そんな選手が突然、日の当たる場所に躍り出ようとするのだから、プロ野球は面白い。

 岡崎が活躍すれば、まさに「遅咲き」といえるが、過去、打者で同様のケースは嶋重宣(元広島など)が有名だ。宮城・東北高から大型サウスポーとして入団したが、投手では芽が出ずに、5年目から打者に転向。すると、10年目の04年に「突然変異」。打率3割3分7厘で首位打者に輝いたのだ。カープの背番号「55」ということで、巨人の「ゴジラ」こと松井秀喜にかけて「赤ゴジラ」と呼ばれた。

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