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【清原容疑者逮捕】死球に激高、義理堅い性格…なぜ「番長」は落ちたのか

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【清原容疑者逮捕】
死球に激高、義理堅い性格…なぜ「番長」は落ちたのか

ロッテ・平沼投手の死球に怒って飛び蹴りを見舞う西武・清原和博=平成元(1989)年 ロッテ・平沼投手の死球に怒って飛び蹴りを見舞う西武・清原和博=平成元(1989)年

 高校時代から多くのストーリーに彩られた強打者が覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで逮捕された。清原和博容疑者(48)ほどグラウンドの内外で注目を浴び続けた選手はまれだ。大阪弁でのストレートな物言いと、独特な愛嬌で「番長」と親しまれたが、華やかな野球人生は暗転した。

 昭和58(1987)年、夏の甲子園大会で1年生ながら4番を打ち、大阪・PL学園高を優勝に導いた。同じ1年生の桑田真澄氏と「KKコンビ」と呼ばれ、春夏5季連続で甲子園に出場し、優勝2度、準優勝2度。清原容疑者は甲子園で最多の通算13本塁打を記録した。

 プロでも西武で1年目から打率3割4厘、31本塁打と活躍。巨人、オリックスと移籍し、通算525本塁打を放った。サヨナラ本塁打は歴代最多の12本を放ったが、打率や本塁打などの主要タイトルとは無縁だった。

 勝負強い打撃で魅了した一方で、死球に激高してバットを投げつけたこともある。型破りな行動は度々、問題視され、巨人在籍時には起用法をめぐって首脳陣と対立したこともあった。それでも後輩の面倒見がよく、義理堅い一面もあって、慕う選手は多かった。

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