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【海道東征を紡ぐ 信時潔物語】(21)「一つ信じたものを通していく」…戦時中でも夜中、新曲に耳傾け

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【海道東征を紡ぐ 信時潔物語】
(21)「一つ信じたものを通していく」…戦時中でも夜中、新曲に耳傾け

信時潔に師事した作曲家の大中恩さん

 「海坊主のような方でした」と、いたずらっぽく笑うのは、童謡「サッちゃん」「いぬのおまわりさん」などで知られる作曲家、大中恩さん(91)。多くの合唱曲、歌曲を生み出してきたが、昭和17年に東京音楽学校作曲科に入学し、師事したのが信時潔(のぶとききよし)だった。

 「坊主頭で体も大きな方なんです。その割に声は高くて。『コラァ』と怒るときも頭の上から出すから、よくまねしました」

 ドイツ留学から帰国した翌大正12年、信時は、東京音楽学校甲種師範科を卒業した白坂ミイと結婚。さらにその年の6月、同校教授に就任し、新しい生活がスタートした。35歳だった。

 この頃、信時は作曲家としても独唱曲、合唱曲を中心に作品を次々と生み出していく。30代の終わりに作った与謝野晶子の短歌と詩による連作歌曲「小曲五章」などは、今も歌われる名曲だ。一方、学校では本科作曲部の創設に尽力。ところが昭和7年、作曲部が新設されると自らは教授を辞した。部長に、という周囲の声も多かったが、作曲に力を注ぐ意味もあったのだろうか、講師となる。

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