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【海道東征を紡ぐ 信時潔物語】(17)“日本オーケストラの父”の命受け、見よう見まねでチェロ演奏

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【海道東征を紡ぐ 信時潔物語】
(17)“日本オーケストラの父”の命受け、見よう見まねでチェロ演奏

信時らが通った旧東京音楽学校奏楽堂。老朽化のため芸大から上野公園内に移築され保存されている

 信時潔(のぶとききよし)が東京音楽学校で専攻したのがチェロだった、というのは少し意外かもしれない。その背景には洋楽の黎明(れいめい)期ならではの愉快なエピソードがあった。

 明治新政府が日本の音楽教育のあり方を研究するため、文部省の一機関として明治12年に設立した「音楽取調掛(おんがくとりしらべがかり)」が前身の同校。信時が入学した39年ごろはちょうど拡張期だった。

 ドイツ生まれのバイオリニスト、アウグスト・ユンケルが着任したのが少し前の32年。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターも務めた優れた音楽家だった。いわゆる明治の「お雇い外国人」だが、同校ではオーケストラを作ろうと尽力する。日本のオーケストラの父ともいえる存在だ。このユンケルに信時は「チェロを専攻しろ」と命じられる。実は、オーケストラ作りのために、生徒をつかまえては足りない楽器の奏者にし、「オーケストラに入れ」と勧めていたのだ。信時の2級上で、声楽専攻だった山田耕筰も命じられてチェロを習わされたという。

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