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【海道東征を紡ぐ 信時潔物語】(16)20歳から交流、生涯の友・熊谷守一…ついには親戚に

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【海道東征を紡ぐ 信時潔物語】
(16)20歳から交流、生涯の友・熊谷守一…ついには親戚に

「画壇の仙人」と呼ばれた熊谷守一。信時潔と生涯、親交を持った

 信時潔(のぶとききよし)が親交を持ち続けた画家は旧制市岡中学の同級生、小出楢重(ならしげ)のほかに、もう1人いる。「画壇の仙人」とも呼ばれた熊谷守一(もりかず)(1880~1977年)だ。小出が43歳と早くに亡くなったのに対し、熊谷は信時の死まで親密な交流を続けた。

 熊谷はいまの岐阜県中津川市で機械紡績業を営む家に生まれた。慶応義塾に通ったが、絵の道への思いが止められずに中退し、明治33年、東京美術学校に入学している。

 信時は、7歳年上の熊谷と20歳のころから交流を始めている。東京音楽学校で信時と一緒だった音声学者の颯田琴次(さったことじ)らが、その仲をつないだようだ。

 かつては画家への興味も持っていた信時と、音楽の素養がある熊谷は、それぞれの芸術感に通じるところがあったのかもしれない。信時は足しげく、熊谷のところに通った。また、裕福な家に生まれながら、芸術家気質で質素な生活を送る熊谷を支えた時期もあった。小出のときと同様、信時の面倒見の良さがここでもうかがえる。

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