産経WEST

【海道東征を紡ぐ 信時潔物語】(14)高き志「芸道は地味で苦難、覚悟を」…将来の変化まで予見? 

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【海道東征を紡ぐ 信時潔物語】
(14)高き志「芸道は地味で苦難、覚悟を」…将来の変化まで予見? 

英国王立音楽院と提携協定することがきまった東京芸術大学音楽学部長の澤和樹教授(左から2人目、内藤泰朗撮影)

 明治39(1906)年に東京音楽学校に入学した信時潔(のぶとき・きよし)。

 入学試験について自ら《呑気(のんき)なもので御座いました》と回想しているが、明治20年、日本で初めて設立された官立の音楽専門学校であり、その誇りと伝統は今に生きる。31年には滝廉太郎、41年には山田耕筰、43年に信時が卒業し、日本の西洋音楽史を語る上で欠かせない人材を輩出した。

 試験の呑気さとは裏腹に、信時の志の高さを語る文章がある。《藝道は男の一生をかけた地味な苦難の多い道であり最低一人前の基礎修業にも十年はかかることを覚悟すること》と厳しい道であることを示した上で、さらに《自分の才能と境遇とをよく考え、眞にやむにやまれぬ人だけがやること》と諭した。「音楽を専門として志す人達へ」と題して、戦後、母校の市岡高校(旧制市岡中学校)の新聞に掲載されたもので、明治の人らしい気概が感じられる。

「産経WEST」のランキング