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【海道東征を紡ぐ 信時潔物語】(20)第一次大戦後、秩序取り戻したベルリン、信時は“相変らず”

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【海道東征を紡ぐ 信時潔物語】
(20)第一次大戦後、秩序取り戻したベルリン、信時は“相変らず”

小出がベルリン滞在中、石●(=さんずいにウかんむりに眉の目が貝)純太郎宛ての書簡に描いた、宿から見える向かいの風景(大阪市史編纂所提供)

 信時潔(のぶとききよし)がドイツに留学した時代、ヨーロッパは第一次世界大戦が終わり、ようやく秩序を取り戻した状態だった。このタイミングを狙って、大勢の日本人がヨーロッパへ渡っている。信時の旧制市岡中学の友人で洋画家、小出楢重(ならしげ)も、信時より1年遅れの大正10年にフランスに留学した。

 すでに二科展に連続入選し、会友にも推薦され、洋画界に台頭していたとはいえ、依然生活に余裕はなかった。渡仏は小出の実家を売却してできた資金で実現したのである。

 やっとの思いでパリにやってきた小出だったが、数日もたたないうちにフランスの芸術に失望する。膨大な量の絵画作品を「大体から云(い)へば実につまらない」と石●(=さんずいにウかんむりに眉の目が貝)純太郎宛ての書簡に書いている。また、その芸術に傾倒する日本人にも失望していた。しかし、その言葉の裏で本場の洋画文化の層の厚さを見せつけられる日々だったのである。

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