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【海道東征を紡ぐ 信時潔物語】(4)高知、京都、再び大阪へ…本物にふれ、洋楽の道拓く

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【海道東征を紡ぐ 信時潔物語】
(4)高知、京都、再び大阪へ…本物にふれ、洋楽の道拓く

信時潔の父、吉岡弘毅が牧師を務めた京都の室町教会=京都市上京区 信時潔の父、吉岡弘毅が牧師を務めた京都の室町教会=京都市上京区

 大阪から高知、京都、そして再び大阪へ-。

 明治21年、中之島の大阪北教会に美しい会堂が開かれた年、信時(当時は吉岡)潔の父、吉岡弘毅は高知教会へと赴任した。弁の立つ理論派の吉岡は、大いに貢献したらしい。

 5歳のとき、今度は京都の室町教会へ。27年、潔はここで京都市立滋野尋常小学校に入学し、3年あまりを過ごす。さらに父が大阪北教会に赴任するのに伴い30年、再び大阪へ戻り、市立中之島尋常小学校に転校した。

 まさに今でいう転勤族だが、潔は「この教会に親しんだ幼時の生活が、いつしか私に洋楽への道を拓(ひら)いてくれたように思われます」と、述懐している(音楽随想集「バッハに非ず」から)。

 というのも、当時は音楽会といえばたいていは教会の慈善パーティーで、和洋混合の曲目が演じられたという。「そういう会で少年の頃聴いた、アメリカ系の牧師オルチンさんのフォスターの曲などに感動させられ、ますます音楽が好きになりました」というから、潔少年の身近には本物の洋楽があったことは間違いない。もっとも、演目はといえば、宣教師の賛美歌独唱もあれば箏曲もあったようだが…。

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