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【海道東征を紡ぐ 信時潔物語】(2)大阪に生まれ、原点は父・吉岡弘毅の剛と柔

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【海道東征を紡ぐ 信時潔物語】
(2)大阪に生まれ、原点は父・吉岡弘毅の剛と柔

牧師を務めた京都、室町教会の人々と写真に収まる吉岡弘毅(後列左から5人目)=明治28年頃、「日本キリスト教団 室町教会百年史」から 牧師を務めた京都、室町教会の人々と写真に収まる吉岡弘毅(後列左から5人目)=明治28年頃、「日本キリスト教団 室町教会百年史」から

 日本近代音楽の黎明(れいめい)期に活躍し、近年は再評価が進む大阪出身の作曲家、信時潔(のぶとききよし)(1887~1965年)。

 明治という時代を迎えてわずか20年後に生まれた少年が、西洋音楽を学び、さらには和の要素をも生かした壮大な交声曲「海道東征」を作曲するに至ったのはなぜだろう-。やはり、外交官から牧師となった実父、吉岡弘毅(こうき)の生涯から始めなければならない。

 吉岡は弘化4(1847)年、岡山の医師の家に生まれた。その足跡は、潔の次兄で後に父と同じ牧師となった次男、吉岡愛(めぐむ)の「父を語る 吉岡弘毅伝」に詳しい。漢詩に優れ、公家で後に東京府知事などを務めた壬生基修に仕えた後、外交官となった。ところが、赴任していた当時の朝鮮から帰国後にあっさりと辞任。牧師となって後半生を布教にささげることになる。大阪をはじめ高知、京都、再び大阪へと赴任し、三男、信時潔は大阪で生まれた。信時姓となったのは、当時の大阪北教会の長老の一人、信時義政の養子になったからだ。

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