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【番頭の時代】第5部・関西から攻める(2)突然の〝カリスマロス〟 両専務の開発支える…任天堂社長を引き受けた「番頭」の決意

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【番頭の時代】
第5部・関西から攻める(2)突然の〝カリスマロス〟 両専務の開発支える…任天堂社長を引き受けた「番頭」の決意

 10月28日、大阪で開かれた任天堂の平成27年9月中間決算発表会見で、その男は定位置にはいなかった。

 13年間社長を務めた岩田聡の急逝に伴い、9月に社長に就いた君島達己(65)だ。決算会見には財務の責任者として岩田の脇を固めてきた番頭は初めて中央に座り、終了後、「岩田さんは大変なことをやってきたんだなと改めて感じる」としみじみ語った。

 岩田は、経営と開発を担っていただけでなく、記者会見やインターネットによる新作ソフトの動画配信の司会などをほぼ1人でこなす「任天堂の顔」だった。  ◇  ◇  ◇

 一方、三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)出身の君島はゲーム開発の門外漢。財務や経理の裏方として支える番頭が唯一、表舞台に出てくるのが決算会見だった。それでも岩田が重要な説明などをすべて担った。君島は決算概要を読み上げた後は黙って成り行きを見守るだけだった。ところが、岩田が7月に55歳で死去したことが状況を一変させた。胆管腫瘍で療養中とはいえ、その約2週間前の株主総会では健在ぶりをアピールしていただけに社内を突然の“カリスマロス”が襲った。

 任天堂は、岩田とともに代表権を持っていた竹田玄洋(げんよう)(66)と、宮本茂(63)の両専務が社長職を代行する暫定的な危機管理体制に移行し、「その後は未定」の状態が続いた。

 トップ不在のなか、社内で竹田、宮本とともに「経営の方向性」を議論してきたのが代表権を持たない常務だった君島だ。1人で決断するイメージの強かった岩田だが、君島が米国法人トップから本社に着任した2年前からは重要な案件は竹田、宮本、君島に相談しており、いわば岩田の考えを誰よりも知る3人だ。

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