産経WEST

【橋下徹研究・再録 第1部】口達者のハシゲ(1)転校生が選んだ道 「スネ夫」から「代弁者」に

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【橋下徹研究・再録 第1部】
口達者のハシゲ(1)転校生が選んだ道 「スネ夫」から「代弁者」に

大阪府知事選が告示。第一声をあげる橋下徹候補=平成20(2008)年1月10日、大阪市中央区の南海難波駅前

 中でも「小中学校ともに荒れた学校だった」という東淀川時代のエピソードは、現在の橋下を語る上で欠かせない。すでに小6で身長170センチ、体重65キロの体格だった橋下はかなり目立つ存在で、その上「東京出身の転校生」は言葉の問題などでもからかわれやすかった。小学校では転校初日からいきなり同級生に殴られたという。

 ここで橋下が選んだ道は、彼らと敵対するのでも、手下につくのでもなく、彼らの交友関係に自ら飛び込むことだった。橋下は青少年向けの著書「どうして君は友だちがいないのか」で、ユーモアを交えながらこう述べている。

 「要するに(ドラえもんの)スネ夫のような生き方といえばいいでしょうか」「ジャイアンのような強い人、強い存在とうまくつきあって生きていくことは、悪いことでもずるいことでもありません。その選択を非難できる大人なんて絶対にいないはずです」

× × × 

 小中学校時代は、体の大きさから「おっさん」、高校では、名前の読み方から「ハシゲ」と呼ばれた橋下。中学時代から始めたラグビーも「一番ワルそうな部に入ったほうが安全だと思ったから」。

 ただ、いつまでも「スネ夫」でいるわけにもいかない。成績も優秀だった中学時代の橋下は、言葉では自分をうまく表現できない「ワル」たちの「代弁者」として次第に存在感を増していった。彼らの怒りや悩みを聞き、時には学校側との交渉の先頭に立つ。放課後の教室で、車座になって橋下の言葉にうなずく生徒たちの姿は、教師の間で「橋下塾」と呼ばれていたという。

福祉を切らず公明に…「あの田中康夫知事のように孤立したくない」

「産経WEST」のランキング