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【橋下徹研究・再録 第1部】口達者のハシゲ(1)転校生が選んだ道 「スネ夫」から「代弁者」に

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【橋下徹研究・再録 第1部】
口達者のハシゲ(1)転校生が選んだ道 「スネ夫」から「代弁者」に

大阪府知事選が告示。第一声をあげる橋下徹候補=平成20(2008)年1月10日、大阪市中央区の南海難波駅前

 「39年の人生の中で一番濃密な時間だった。2月からね…」。大阪府の平成20(2008)年度予算案が与党の自民、公明に加え、野党の民主も賛成して可決した23日、知事の橋下徹(39)は満足そうに振り返った。

 2月の就任から間もなく半年。職員の人件費や私学助成の削減、ハコモノ行政の統廃合など、賛否を巻き起こした「橋下改革」は、ようやく実行段階に入る。

 「過去の知事とは全く違った」。橋下と対峙(たいじ)した府庁幹部の共通した意見であり、その手法は大きく3つに分けられる。1つ目は「政治の素人」であること。疑問点に一つずつ立ち止まり、ごまかしがきかない。ある幹部の携帯電話には、深夜でさえ橋下の着信記録がびっしりと並んでいた。

 2つ目は「公開性」。タレント時代に利点と怖さを実感したのだろうか、会議のほぼすべてにテレビカメラを入れるやり方は、視聴者に知事の“抵抗勢力”を印象づけるのに十分だった。

 そして3つ目が、こうした手法を最大限に生かした「交渉術」だ。府幹部の一人は「弁護士らしく、最初にふっかけて交渉で譲歩する。しかしもとはゼロのため、最後は少しでも引き出した側の勝ちとなる。とにかく口達者です」。

 そのルーツを追っていくと、少年期にまで行き当たる。当時、橋下は転校を繰り返していた。

× × × 

 昭和44(1969)年6月、橋下は東京都渋谷区で生まれた。母子家庭で、母親が苦労して家計を支え、小学5年で妹とともに大阪府吹田市に引っ越し、1年後に大阪市東淀川区に移り住んだ。いずれも、手狭な府営住宅から地元の公立学校に通った。橋下は、当時の生活が「自分の原点」と言う。

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