産経WEST

【関西の議論】「小便みたいな泡飲めるか!」 浪速っ子も顔をしかめた国産ビール 発祥の地・大阪で根付かなかったワケとは…

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【関西の議論】
「小便みたいな泡飲めるか!」 浪速っ子も顔をしかめた国産ビール 発祥の地・大阪で根付かなかったワケとは…

大阪・北新地の真ん中に建つ石碑「国産ビール発祥の地」

 渋谷家八代目・昭彦さんの妻で、大阪市北区の天神橋筋商店街で創業約270年の寝具店「さくらいや」を営む須万子さん(79)は「庄三郎は次男で、本業は綿業。ビールの方は副業やったと思います。まだビールというものが日本で認知されていなかった頃ですから、時代が早かったんですね」と語る。

 ■渋谷のまいたタネ

 渋谷がまいたタネは大阪の町で芽吹き、中小のビール会社が生まれた。

 皮肉なことに、渋谷ビールが閉鎖された頃から全国各地にビール工場が誕生する。渋谷ビールで醸造技術を習得した金沢嘉蔵は日本最初のビール技師として活躍。「渋谷ビール」に続いて大阪で発売された「浪花麦酒」(14年)や「大阪ビール」(15年)、「朝日ビール」(17年)、「エビスビール」(同)など初期のビール醸造に次々と関わった。明治20年代には、現在のアサヒビールの礎を築いた「大阪麦酒会社」が登場する。

 大阪府枚方市の郷土史研究家、水知(みっとも)悠之介さん(72)は「明治維新という変革の激しい時代に新しいものに大胆に関わり、10年にもわたって頑張り抜いた」と評価。「本人が亡くなったため結果的に断念せざるをえなかったが、先駆けたという意味で大阪が誇っていい人物ではないか」と渋谷の功績をたたえた。

このニュースの写真

  • 「小便みたいな泡飲めるか!」 浪速っ子も顔をしかめた国産ビール 発祥の地・大阪で根付かなかったワケとは…
  • 「小便みたいな泡飲めるか!」 浪速っ子も顔をしかめた国産ビール 発祥の地・大阪で根付かなかったワケとは…

「産経WEST」のランキング