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【戦後70年】海軍航空隊を転戦 生き残ったのは神仏のおかげ… 天台宗寺院・円教寺住職 大樹孝啓師

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【戦後70年】
海軍航空隊を転戦 生き残ったのは神仏のおかげ… 天台宗寺院・円教寺住職 大樹孝啓師

戦争体験を語る円教寺の大樹孝啓住職=姫路市書写の円教寺

 空襲に遭ったとか戦地に行ったとか、そんな直接戦争に接触した話はないんですけど、それでもよければ話しますよ。思えば小学校を卒業したのが昭和12年、日中戦争の始まった年。それからは戦争一色やった-。

 《第二次大戦の戦況が悪化していた昭和19年10月。志願して大津市の滋賀海軍航空隊に入隊した》 戦争に行って死ぬというのが当たり前の時代。出征にはなんの疑問もなかったですよ。海軍を選んだのは鉄砲を担ぎたくないから。滋賀海軍航空隊は、天台宗の総本山・延暦寺がある比叡山のふもとにあってね。これも縁かなと。軍隊の生活はとにかくきつかった。兵舎の中はすべて駆け足でね、最初は余裕がなかったですよ。

 《20年7月に千葉県館山市にあった海軍砲術学校へ。沖縄戦もあり、本土決戦が現実味を帯びていた。当時、房総半島から米軍が上陸するという話が信じられていた》

 夜間訓練では「米軍が偵察のために上陸しているかもしれない。気をつけて行動しろ」と上官に言われました。米軍の戦車に爆弾を持って突撃する訓練や、米軍が上陸後に張るキャンプから弾薬や食料を盗む訓練をやりました。帝国海軍が泥棒のけいこをやっていたのには驚いたね。当時は各地が空襲で軍需工場や市街地がやられて、飛行機も造れないし、燃料もない。戦艦「大和」が沈められたとか暗い話ばっかりで、もうみんな「これは負けるな」という気持ちでしたよ。

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