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【福嶋敏雄の…そして、京都】(39)赤染衛門 「やまと心」の母…実は「大和魂」も単に女心の意味 嵯峨野 法輪寺

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【福嶋敏雄の…そして、京都】
(39)赤染衛門 「やまと心」の母…実は「大和魂」も単に女心の意味 嵯峨野 法輪寺

法輪寺の門前=京都市西京区

 嵐山の桂川右岸一帯には料理店や土産物店などのほか、新興の建売住宅やマンションが建ちならんでいる。阪急嵐山線の終点・嵐山駅にちかく、桂駅経由で乗り継げば大阪まで1時間ほどで行ける。駅から出てきた観光客のほとんどは渡月橋をわたって、左岸一帯に集中する古刹(こさつ)群にむかう。

 嵐山をふくむ嵯峨野という土地の地相に想像力を働かさせれば、最初にひらけたのは右岸のほうである。つらなる山々のふもとにあるうえ、地盤もかたい。逆に左岸は平地のため、たびたびハンランする桂川によって、古代は沼沢地や湿地であった。

 一帯でもっともふるい社寺である松尾(まつのお)大社も法輪寺も右岸にある。いずれも平安遷都以前に造られた。当時は嵯峨野ではなく、もっぱら葛野(かどの)と呼ばれていた。

 岩田山のふもとにある法輪寺に向かった。嵐山駅から歩いて5分ほどだが、あまり観光客はやってこない。

 参道にはカエデの木々がびっしりとしげっている。紅葉の季節に来るんだった、と後悔したほどだ。

 石段を登ったところに、本殿や多宝塔があった。大伽藍(がらん)でもなく、そんなに古くもない。幕末の禁門の変(1864年)のさい、左岸にある天竜寺に陣を張った長州軍の戦闘に巻きこまれ、全山が焼失したからだ。

 明治から大正にかけて再建された。境内からは桂川が見おろせ、山のほうにつづく深い森からは古刹のおもかげは、じゅうぶんに漂ってくる。

 本尊は衆生に幸福を授けるという虚空蔵菩薩。「嵯峨野の虚空蔵さん」と呼ばれて親しまれ、毎年3月13日には、数えで13歳の少年少女が智恵を授かるために参拝した。「十三まいり」である。「十三」はもちろん、「じゅうそう」ではなく「じゅうさん」と読む。

 11世紀初頭の寛仁から治安年間にかけて、この寺に尼姿の老女がたびたび参詣に訪れた。赤染衛門(あかぞめえもん)、すでに60歳にちかかった。

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