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【安本寿久の先人めぐり】大国主命(4)各地の女神を妻に 天津神の子“一寸帽子”も協力、国造り

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【安本寿久の先人めぐり】
大国主命(4)各地の女神を妻に 天津神の子“一寸帽子”も協力、国造り

出雲大社にあるオオクニヌシノミコト像。縁結びの神として信仰を集める

 須佐之男命(すさのおのみこと)から「大国主命」の名と愛娘、スセリビメをもらって国造りする資格を得た大国主命は、須佐之男命の神宝だった太刀と弓矢を使って自らを迫害した八十神(やそがみ)を退け、国造りに着手した。

 大国主命の国造りは、持っている医薬の知識を普及させ、同時に各地の女神たちと通婚することだった。越のヌナカワヒメ、宗像神社のタキリビメ。他にもトトリノカミ、カムヤタテヒメらの名前が古事記では記されている。無論、八十神との確執の原因になったヤカミヒメもいる。古事記の記述はまさに、艶福家・大国主命を思わせる。

 これには少し補足が必要だろう。古代日本ではシャーマニズムに基づいて女神が統治する土地が多く、その女神と通婚することはその土地を支配下に置くことと同義だった。それがために、大国主命は精力的に各地を巡ったのだが、須佐之男命の命で正妻となっていたスセリビメの心中は穏かではなかった。不満は、ある歌になって大国主命に訴えられた。

 〈我が大国主 汝こそは男にいませば うち廻る嶋の埼々(さきざき) かき廻る磯の埼落ちず 若草の妻持たせらめ 我はもよ 女にしあれば 汝を除て 男は無し 汝を除て 妻は無し

 大国主よ、あなたは男だから、行く先々に妻や女がいるけれども、私は女だから、あなた以外に男も夫もいないのですよ-。そう切々と訴える歌である。大国主命はその心根に打たれて大和への旅立ちをやめ、2人で酒を酌み交わして抱き合い、そのまま出雲に鎮座した、と古事記は書いている。

 しかし、その後も大国主命は3人の妻を迎え、子孫を繁栄させたというから、恋多き平安貴族の原型は、このあたりから日本人にあったのかもしれない。

 一方で、古事記は大国主命の国造りの協力者として2柱の神を登場させる。スクナビコナノカミと大物主神である。どちらもこの後の神話で重要な役割を示すことになるが、ここではスクナビコナについてだけ、触れておこう。

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