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【関西の議論】肝試しか婚活か…近松作品に登場する「大阪七墓巡り」現代人がはまるワケ

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【関西の議論】
肝試しか婚活か…近松作品に登場する「大阪七墓巡り」現代人がはまるワケ

墓地を巡る参加者たち

 江戸から明治時代に流行した「大阪七墓巡り」が静かなブームになっている。当時、町衆が徹夜で市中郊外の七墓をまわり、若い男女のデートコースでもあったという七墓巡り。ほとんどの墓地は消え、跡地には高層ビルやマンションが立ち並ぶが、わずかな“面影”から醸し出る不思議な魅力を求めて現代人が訪れるという。(上岡由美)

梅田墓地の「現在」

 午後11時過ぎ。夜空にそびえ立つ高層ビル群。見上げると月光がメタリックなビルの壁面に降り注ぎ、まるでまちが眠りながら呼吸しているよう。

 この日、集まったのは約30人の男女。平成版の「大阪七墓巡り」の参加者だ。親子やカップルもいるが、ほとんどがこの日会った人ばかり。浮かれ騒ぐわけでもなく、静かに梅田墓地を目指す。

 梅田墓はJR旧梅田貨物駅界(かい)隈(わい)にあったとされ、大阪駅北側の再開発で当時を彷彿させるものはないが、墓場があったと思うだけで何か人を惹きつけるものがあるのだろう。参加者は「街の見方が変わりました。とても不思議な気持ちです」と語る。

 七墓といっても限定されたものではなく、近松門左衛門の『賀(か)古(この)教(きょう)信(しん)七(なな)墓(はか)廻(めぐり)』には「梅田、葭原、蒲生、小橋、高津、千日、飛田(鳶田)」とあり、昭和10年に発行された郷土研究雑誌「上方」(大阪探墓号)の表紙では「千日、飛田、梅田、蒲生、小橋、葭原、長柄」を挙げている。ただ、墓は都市開発のたびに移転を繰り返し、資料もあまり残っていない。

 七墓巡りを企画したのは、観光プロデューサーとして活動する大阪市西成区の「NPOまちらぼ」代表の陸(む)奧(つ)賢(さとし)さん(36)。仕事柄まち歩きをする機会が多く、歴史などを調べているうちに「大阪七墓巡り」にたどり着いた。

 「興味深い場所やなあと思ったら『元墓地でした』みたいな文献と出合う。墓の跡地が駅になっていたりお寺がパチンコ店になっていたり、その意外性がおもしろい」と陸奧さん。

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