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【関西の議論】これは人魚のミイラなのか、高野山の麓に安置される「ミステリー」の正体は…近江国「人魚伝説」と絡み合う秘話

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【関西の議論】
これは人魚のミイラなのか、高野山の麓に安置される「ミステリー」の正体は…近江国「人魚伝説」と絡み合う秘話

サルと魚が合体?奇怪な姿をした「人魚のミイラ」=和歌山県橋本市

 来年、開創1200年を迎える「高野山」(和歌山県高野町)の麓にあるお堂で、「人魚のミイラ」が安置されている。全長約60センチで、歯がむき出しの不気味な表情に、胸びれやうろこのある魚の姿をした下半身はちょっと恐ろしささえも感じる。「サルと魚を合体して職人が作った」「1400年前の推古天皇の時代に捕えられた」などの諸説が伝わるが、すべてはミステリーに包まれている。しかし、高野山の庶民信仰を伝える貴重な歴史資料として、県有形民俗文化財になっている。(成瀬欣央)

学術的な裏付けはないが、彫刻ではない

 人魚のミイラがあるのは、高野山への参詣道の一つ「不動坂道」の登り口にある西光寺の学(か)文(む)路(ろ)苅(かる)萱(かや)堂(橋本市学文路)。

 縁起によると、かつては「如(にょ)意(い)珠(しゅ)山(ざん)能(のう)満(まん)院(いん)」と呼ばれていたが、元文5(1740)年に仁徳寺と改称。昭和の末には廃寺になりかけていたが、地元住民らでつくる「学文路苅萱堂保存会」が平成4年に修復し、現在は隣の西光寺が管理している。

 学文路苅萱堂の正面に鎮座するのは、仏像ではなく数珠を手にした3体の親子の木の坐像と、1体の小さな像。「再建するまではほこりをかぶっていたけど、妙にひかれるものがあった」と保存会会長の岩橋哲也さん(84)は振り返る。

 人魚のミイラは向かって右端の坐像の女性「千(ち)里(さと)ノ前(まえ)」の持ち物とされ、像の前の厨(ず)子(し)に安置されている。よく見ると、木を彫った彫刻ではないことがわかる。学術的な裏付けがないので断定はできないが、確かにミイラのようにも見える。

 すると、岩橋さんは「ここが江戸時代中期に高野山の最初の名所と呼ばれるようになったのは、高野山の僧侶が全国に広めた悲しい親子の情愛の物語があるんです」と語りだした。

高野聖が伝えた「悲しい親子の情愛物語」

 高野山には、平安時代から諸国を旅しながら仏教の教義を物語で庶民に分かりやすく伝えて布教や寄付金を集めた僧「高野聖」がいた。その物語のひとつ、苅萱道(どう)心(しん)と石(いし)童(どう)丸(まる)の物語は江戸初期に説教節、謡曲、浄瑠璃となって音曲好きの庶民に広く親しまれた。

 物語は、平安時代末期、筑紫国(現在の福岡県)の領主が、側室・千里ノ前に嫉妬する本妻の姿を見て、出家を決意。高野山で修行の日々に入り、苅萱道心と呼ばれるようになった。

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