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【私の時間 シネマ】「憎しみの連鎖ではない、2度と繰り返さないために」被爆者の遺志継ぎ「平和」「命の大切さ」を訴える 映画「アオギリにたくして」

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【私の時間 シネマ】
「憎しみの連鎖ではない、2度と繰り返さないために」被爆者の遺志継ぎ「平和」「命の大切さ」を訴える 映画「アオギリにたくして」

映画「アオギリにたくして」の1シーン

 広島の平和記念公園内の“被爆アオギリ”の木の下で被爆体験を語っていた故・沼田鈴子さんをモデルにした劇映画「アオギリにたくして」(中村柊斗監督)が大阪市淀川区のシアターセブンで公開中だ。今作の統括プロデューサーの中村里美さんは「この映画をキッカケに想像力を広げてほしい。人任せにせず考えてもらえたら」と語る。(橋本奈実)

死ぬのは簡単、生きて伝えなきゃ

 「死ぬのは簡単。だけど生きて伝えなきゃ」-。東日本大震災発生から1週間後。入院中の病院で会った沼田さんが、中村さんに言った言葉だ。メルトダウンという言葉が世に氾濫する前から、福島の子供たちを心配していた。

 「沼田さんの危機感の持ち方が尋常ではなかった」と中村さん。沼田さんは「病院で寝ていると情報が入らない。自分で真実を知らねば」と自宅に帰ってしまったほど。その4カ月後、沼田さんは他界する。

 中村さんは言う。「あれだけの思いをした方が、日本の将来を心配したまま亡くなられた。後に残った私たちが、絶対に伝えなければいけない。映画を作ろうと決意したんです」

 《昭和20年8月、広島に原爆が投下された。21歳の田中節子は被爆、負傷した片足を麻酔処置されずノコギリで切断される。婚約者の戦死を知り、自殺を考えるが、原爆で焼けたアオギリの木が枝に芽をつけるのを見て生きることを決意。過去を語らず生きてきたある日、被爆時の自身の姿が映った原爆の記録映画を見て、悩んだ末、被爆体験を語り伝えようと決め…》

 映画を作るのは初めて。「分からなかったから、思い切ったことができたこともある」と笑う。沼田さんの映像も記録していたが、あえて劇映画にしたこともそのひとつ。「沼田さんがモデルですが、多くの被爆者の方から聞いた思いも一緒に入れている。震災も織り込みましたし、劇映画だから伝えられることがあると思いました」

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