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【衝撃事件の核心】テロリストの母は「他のやり方を考えれば…」と反省を口にしていた…娘が見た日本赤軍の女王「重信房子」の“素顔”

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【衝撃事件の核心】
テロリストの母は「他のやり方を考えれば…」と反省を口にしていた…娘が見た日本赤軍の女王「重信房子」の“素顔”

日本赤軍最高幹部、重信房子氏の娘、メイ氏。潜伏生活だった母親とは一緒に暮らせなかったが「反抗期はなかった」という。「今になって思うと、それどころじゃなかったんでしょうね。そんなことをしていたら、誰かを危険にさらすかもしれないと思っていましたから」と語った 日本赤軍最高幹部、重信房子氏の娘、メイ氏。潜伏生活だった母親とは一緒に暮らせなかったが「反抗期はなかった」という。「今になって思うと、それどころじゃなかったんでしょうね。そんなことをしていたら、誰かを危険にさらすかもしれないと思っていましたから」と語った

メディア露出のための“軍事作戦”

 空港乱射事件は、日本赤軍が無差別テロ組織としてイメージされる原点となった事件でもある。だが、メイはこの事件についても「きちんと理解されていない」と主張する。

 「例えば、事件が発生したときはまだ日本赤軍が結成されていなかった」などと説明。「(日本赤軍が関連したといわれる事件のうち)この事件以降、人が亡くなった事件はない」とも強調した。

 日本赤軍が繰り返したハイジャックなどの“軍事作戦”については「当時は、ニュースに取り上げてもらうような事件を起こすことで、自分たちの訴えをアピールしようとしたという意味合いがある」と語る。

 メイは「今は、インターネットやSNSなどがある。だから、私は(日本赤軍とは)同じことはしない。ただ、当時は大手メディアしかニュースを発信できなかった。軍事作戦はメディアの注意をひくためのものでもあったのです」と話した。

28歳まで無国籍

 メイは、重信とパレスチナ人活動家の間に生まれ、幼少期をアラブ社会で過ごした。父親の素性が知られると、暗殺のターゲットにされる可能性があるとして、16歳まで父親が誰であるかは明かされず、28歳まで無国籍だったという。

 2001年3月に日本国籍を所得し、日本に入国。国内で予備校講師やキャスターを務めるなどしていたが、現在はレバノン・ベイルートに拠点を移し、中東の衛星テレビ局のプロデューサーなどとして活動している。

 幼少期は、自分の素性を隠しての生活だった。学校にも実名ではなく、国からもらった“仮身分”で通学したり、危険を感じるたびに転校を繰り返したりするなど、テロリストの娘として、かなり窮屈な思いもしたという。

転校ばかり“テロリストの娘”の青春…「反抗期ありません。だって…」

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