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【写 2020パラスポーツ】車いすフェンシング・櫻井杏理 常時8強で東京目指す

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【写 2020パラスポーツ】
車いすフェンシング・櫻井杏理 常時8強で東京目指す

練習場は廃校となった小学校。写真撮影ではリクエストに応じ「こんな感じですか?」と、照れながら髪をかきあげた=京都市南区 練習場は廃校となった小学校。写真撮影ではリクエストに応じ「こんな感じですか?」と、照れながら髪をかきあげた=京都市南区

 「本当に写真を撮られるのは苦手です」。はにかみながら懸命にレンズを見つめてくれる。シャッターを何枚か切る度、緊張をほぐそうと大きく息をついた。

 幼少から大の運動好き。小学校から高校まで陸上を続けた。種目は長距離。専門学校に進み、理学療法士を目指しながら、出身高校で陸上の指導も行っていた。

 20歳の時、足のしびれを感じ少しの段差でもつまずくようになった。椎間板ヘルニアと診断され、3度手術を受けたが車いす生活を余儀なくされた。「(理学療法士の)夢を諦めるのがつらかった」と振り返る。運動好きは変わらず、アウトドアショップに勤める傍ら、チェアスキーやボディーボードに挑戦した。

 車いすフェンシングとの出合いは2014年。勤務先に訪れた車いすフェンシング協会の関係者に勧められたのがきっかけだった。競技はピストと呼ばれる台に車いすを固定。剣を持たない腕で車いすのアームを押し上げて体をコントロール、相手との間合いを計りながら攻防を繰り広げる。「0・1秒の駆け引きで攻守がめまぐるしく変わる。人生に似ていて面白い」と夢中になった。

 ただ、日本の競技人口が少ないのが難点だった。レベルが合う女子選手が身近におらず男子選手と練習を重ねた。初めて試合に臨んだのは2015年のワールドカップポーランド大会。ぶっつけ本番で女子選手と対戦したが、豪快に技を繰り出す男子と違い、細やかな剣のライン取りで戦う相手に戸惑いを感じた。

 「練習で培った技術を出し切るには、試合経験が圧倒的に不足している」ことにも気付いた。その後、レベルアップを目指し単身渡英、専門のコーチに指導を仰いだ。「相手の攻撃から逃げられないと決めている。これでは勝てない」。コーチのひと言でディフェンスに対する考え方が変わった。

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