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【開いた扉 桐生9秒98の軌跡】(上)土江コーチと二人三脚 衝突乗り越え「記録で恩返し」

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【開いた扉 桐生9秒98の軌跡】
(上)土江コーチと二人三脚 衝突乗り越え「記録で恩返し」

男子100メートルで日本新記録を樹立し、土江コーチ(左)と握手する桐生=9日、福井県営陸上競技場 男子100メートルで日本新記録を樹立し、土江コーチ(左)と握手する桐生=9日、福井県営陸上競技場

 桐生祥秀が怒気をはらんだ声をコーチの土江寛裕に浴びせた。

 「あんたは僕を速く走らせる自信がないんだ。『五輪のファイナリストにする』と誓え」

 桐生が東洋大に入学したばかりの2014年春のことだ。前年、京都・洛南高3年時に日本歴代2位となる10秒01を出していた桐生。だが、新しい指導法や寮生活などになじめなかったこともあり、爆発した。桐生の求めに応じなかった土江は振り返る。「僕は根拠を大事にしたい。あの時は根拠が持てなかった」

 感覚を大事にする桐生と理論派の土江。二人三脚を始めて以来、2人の距離は微妙に揺らいでいた。

 「僕の思う通りにやってほしい」と、土江が具体的な指導を始めたのは1シーズンを過ごしてからだった。ウエートトレーニングやストライドを伸ばす練習を課し、15年3月には追い風参考ながら9秒87をマークさせる。だが、その2カ月後に右太ももを肉離れ。その年の世界選手権出場を逃した桐生は後日、こう漏らした。「よう分からなくて、あの人が…。動きとか説明してくれるけど、その意味がよく分からない」。指導に従うと決めていたが、走れなければ不満は募る。会話はほとんどなくなった。

 結局、翌16年リオデジャネイロ五輪シーズンは、「やりたいようにやらせてほしい」という桐生の意を、今度は土江がくんだ。結果、坂道ダッシュなど走り中心のメニューが増え、6月に2度目の10秒01を記録したものの、五輪本番は100メートル予選敗退に終わった。

 目に見える成果を出せなければ、桐生は「一発屋」、土江は「指導者失格」の烙印(らくいん)を押されかねない。期待と重圧の中、それでも決裂はしなかった。「20年東京五輪100メートルでメダルを目指す」という覚悟が同じだったからだ。

 「桐生が求めているのは、ごちゃごちゃ言われることじゃない」。そう思い至った土江は、桐生が自然と熱中できるよう練習環境を整えることに心を砕くようになった。今季から取り組み始めたボクササイズもその一つ。上半身と下半身をひねる動きや、腕振りと足の回転の連動性を磨いた。04年アテネ五輪男子ハンマー投げ金メダリストの室伏広治氏から指導を受けられるようにも調整。桐生が「発想が面白い」と話すように、バーの両端に揺れるハンマーをぶら下げて補強運動を行うなど、独特の手法で体を鍛え直した。

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