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【月刊パラスポーツ】平昌大会で二刀流挑戦の山本篤、次は東京大会へ

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【月刊パラスポーツ】
平昌大会で二刀流挑戦の山本篤、次は東京大会へ

平昌大会でスノーボード・バンクドスラロームに挑む山本=16日、韓国・旌善アルペンセンター(桐原正道撮影) 平昌大会でスノーボード・バンクドスラロームに挑む山本=16日、韓国・旌善アルペンセンター(桐原正道撮影)

 パラリンピック夏季大会では陸上走り幅跳びなどで3つのメダルを持つ山本篤(35)=新日本住設=が、平昌大会で初の冬季大会に挑んだ。種目は高校時代に打ち込んだスノーボード。パラスポーツの発展を願っての「二刀流」挑戦はメダルにこそ届かなかったものの「全く悔いはない」。視線はすでに、2020年東京大会へ向いている。(高久清史、石原颯、森本利優)

 雪上は、陸上のトラックとは勝手が違った。男子大腿障害クラスのスノーボードクロスは12位、バンクドスラロームは棄権。「二刀流として上位に食い込みたい気持ちはあったが、まだまだ。この順位が今の実力かな」。19日の解団式で、山本は晴れ晴れとした表情で大会を振り返った。

 スノーボードは高校生のころ熱中していた。高校2年の時に交通事故で左足切断を余儀なくされた際も「スノボはできますか」と医師に尋ねたほど。義肢装具士の専門学校で陸上競技と出合い、「義足ジャンパー」への道を進んだが、趣味で滑り続けていた。

 平昌大会で正式競技に採用されると「新しい刺激がほしい」と挑戦を決めた。周囲は「けがをしたらどうするんだ」。昨年の海外遠征中に右肘を負傷し「これが足なら(陸上の選手生命が)終わるぞ」と言われても、意志を曲げなかった。

 「挑戦」こそ、山本の人生だ。大体大で陸上の指導にあたった伊藤章名誉教授は推薦試験の様子を鮮明に覚えている。100メートル走で転倒し肩を脱臼した山本に「こんなことはこれからも起きる。懲りたか」と問うと、「大丈夫です」と返ってきた。当時、障害者も体育大でスポーツを学べるようにすべきと考えていた伊藤さんは「山本を絶対に入学させてスポーツの新しい道を切り開きたい」と思ったという。

 昨年、所属企業を退社しスポンサーの支援を受けるプロとして活動を始めた。「『夏の山本篤が冬もやるのか』という衝撃でパラスポーツを知ってもらえれば」と挑んだ平昌は、自身が「新しいことに挑戦する楽しさ」を再確認する場ともなった。

 次なる挑戦はもちろん、東京パラリンピックだ。「海外の選手も東京を目指し、自分の可能性にチャレンジしている。僕も負けないように少しずつ成長していけたら」。悲願の金メダル獲得へ、試したいことはたくさんある。

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