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【オリンピズム】“トビウオ”とその時代(12)遠かった五輪メダル

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【オリンピズム】
“トビウオ”とその時代(12)遠かった五輪メダル

ヘルシンキ五輪開会式で、満員のスタジアムを入場行進する日本選手団。古橋は主将を務めた=1952年7月 ヘルシンキ五輪開会式で、満員のスタジアムを入場行進する日本選手団。古橋は主将を務めた=1952年7月

 2012年ロンドン五輪で銀メダルに輝いた400メートルメドレーリレーに臨む際、松田丈志が語った「(北島康介を)手ぶらで帰らせるわけにはいかない」は話題を呼んだが、当時も古橋にメダルを取らせたいと誰もが思っていた。大会を取材した葉室鉄夫は最終日の800メートルリレーへの起用を日本チームに訴えたという。理由はこうだ。「古橋は腕を水中に突っ込んだらそのままかく、そのピッチはまるで風車のようだった。確かに本来の調子ではない。だが、あのピッチなら、200メートルなら行ける」

 橋爪も起用を訴えたという。「あのとき、800メートルリレーに起用してくれていれば…。古橋の性格だったら200メートルならそれこそ、渾身(こんしん)の泳ぎをしたと思う」。しかし、銀メダルを獲得したメンバーに古橋の姿はなかった。=敬称略(金子昌世)

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