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【月刊パラリンピック】東京大会、開幕まで3年 日本「金」22個目標

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【月刊パラリンピック】
東京大会、開幕まで3年 日本「金」22個目標

半 ゴールを狙う日本代表の天摩由貴 =6日、千葉市・千葉ポートアリーナ(納冨康撮影) 半 ゴールを狙う日本代表の天摩由貴 =6日、千葉市・千葉ポートアリーナ(納冨康撮影)

 夏季パラリンピックの2020年東京大会は25日に開幕まで3年となる。4年に1度、夏季五輪終了後に開催される障害者スポーツ最大の祭典は、新採用のバドミントン、テコンドーを加えた全22競技が行われる。広域開催となる東京五輪とは異なり、自転車を除いた21競技を首都圏で実施する予定。日本パラリンピック委員会は史上最多となる金メダル22個、ランキング7位の目標を掲げており、選手たちも実力を磨く日々を送っている。

 パラリンピックは1960年ローマ大会が第1回で、64年には東京で第2回が行われた。同一都市で2度開催されるのは史上初。ハード面では競技会場や宿泊施設、輸送面でのバリアフリー化が急務で、大会を契機に障害のある人が暮らしやすい「共生社会」の実現も目指す。大会は東京五輪が20年8月9日に閉幕した後、25日に新国立競技場で開会式を実施し、9月6日まで開催される。

ゴールボール女子 天摩由貴 リオの雪辱、全員で頂点へ

 12年ロンドン大会で、日本パラリンピック団体球技史上初の金メダルを獲得しながら、昨年のリオ大会ではメダルなしに終わったゴールボール女子。雪辱を期す東京大会に向け、今年の代表キャプテンには競技歴3年半の天摩由貴が選ばれた。陸上短距離代表としてロンドン大会で挫折を味わった27歳にとっても「東京」は再挑戦の場。仲間とともに今度こそ頂点を目指す。

 「やりたいことはまずやってみなさい」。それが両親の教えだった。視野が狭くなる進行性の病を持って生まれたが、何かを制限されることはなかった。幼少期は、健常者に交じって水泳やサッカーに親しんだ。

 中学卒業後、地元・青森を離れ都内の盲学校へ進学。陸上部に入ると頭角を現し、日大在学中にロンドン大会の100メートルと200メートルに出場した。しかし、いずれも予選敗退。「実際に走ってみたら世界は速かった」。自分には世界で勝負できる実力はない、と痛感させられた。

 陸上から離れ1年半ほど過ぎたころ、非常勤講師として働いていた母校でゴールボール部の顧問から声を掛けられた。「特にやることもないなら、ゴールボールやってみない?」。新たな挑戦の始まりだった。

 長く個人競技をしていた分、最初はチームを意識して行動することに戸惑った。団体競技にようやく溶け込めたのは約1年後。そのころには陸上で培った瞬発力を買われ、日本代表に名を連ねるようになっていた。

 前回大会女王として挑んだリオデジャネイロ大会。だが、メダル争いにも関われずに5位。悔しさだけが残った。あれから1年。「あっという間でした。3年もあっという間に過ぎるんでしょうね」

 目下の課題は、チームの連携力を高めること。「体格やパワーで劣る私たちは1人で点を取ることは難しい。(控えも含め)6人で点を取る、守るという日本の戦い方を磨いて最高の状態で東京を迎えたい」。一人では届かなかった頂点も、仲間と一緒ならつかめる気がしている。(川峯千尋)

■ゴールボール アイシェード(目隠し)を着用した1チーム3人のプレーヤー同士が、コート内で鈴入りボール(1・25キロ)を転がすように投球し合って味方のゴール(高さ1・3メートル×幅9メートル)を防御しながら相手ゴールにボールを入れることによって得点し、一定時間(12分ハーフ)内の得点の多少により勝敗を決める。同点の場合は、3分ハーフのゴールデンゴール方式(どちらかが得点した時点で終了)で延長戦を行う。

バドミントン女子 鈴木亜弥子「持ってないメダル取りたい」

 新競技のバドミントンは日本の金メダルが期待される有力競技の一つだ。世界バドミントン連盟(BWF)のランキングには日本勢が上位に名を連ねる。最も期待がかかるのが女子シングルスで上肢に障害があるSU5クラスの鈴木亜弥子(七十七銀行)。6月に世界1位に浮上した。

 2009年の世界選手権、10年のアジア選手権を制し一度は引退した。「それ以上の格の大会はなかったし、当時は競技では食べていけなかった」と振り返る。東京大会の実施競技に決まったことから、現役復帰を決断。15年秋から本格的な練習を再開し、復帰後は国際大会を3度制すなどブランクを感じさせない強さを見せている。

 出生時に障害を負い、右腕は肩の高さまでしか上がらない。それでも小学校3年から健常者に交じってプレーし、埼玉・越谷南高3年時には全日本ジュニア選手権のダブルスで2位に入った実績もある。パラバドミントンの存在を知り、大会に初出場したのは大学3年の時だった。現在は七十七銀行で健常者の選手とともに技を磨く。30歳のサウスポーは「持ってないのはパラリンピックのメダルだけ。絶対に取りたい」-。

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