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【追悼・上田利治さん(下)】悲願の打倒巨人果たした1976年日本シリーズ マージャンも飲酒も許して

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【追悼・上田利治さん(下)】
悲願の打倒巨人果たした1976年日本シリーズ マージャンも飲酒も許して

日本シリーズで悲願の打倒巨人を果たし、阪急ナインに胴上げされる上田利治さん=1976年11月2日、後楽園球場 日本シリーズで悲願の打倒巨人を果たし、阪急ナインに胴上げされる上田利治さん=1976年11月2日、後楽園球場

 東京のマスコミが大々的に扱うであろう、阪急にとっては悪夢のような逆転負けを選手に思い出させないためだった。ところが、監督の言いつけを守らなかった選手がいた。「足立(光宏)はスポーツ紙を読んどったらしい」。上田さんは笑いながら思い出を語った。

 指揮官が「うちの切り札」として大一番となる第7戦の先発を託した足立は当時18年目の36歳。上田さんと3歳しか違わない大ベテランのアンダースローは翌朝、巨人の奇跡的な勝利を報じる各紙に目を通し、闘志をたぎらせてマウンドへ向かった。

 敵地・後楽園を埋めた観衆は4万5967人。そのほとんどが巨人ファンだったが、まるで地響きのような声援を足立は逆に「もっと騒げ」とエネルギーに変え、黙々と力投を続けた。

 そして阪急は1-2で迎えた七回、1死二塁で6番の森本潔がレフトスタンドへ起死回生の逆転2ランをたたき込む。巨人のマウンドは先発の左腕クライド・ライトだった。「森本は中距離ヒッターだったが、あの打席では球種が分かっていたはずだ」と上田さんは証言した。

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