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【舞の海の相撲俵論】英霊に見守られ、うららかな日差しを受けて奉納相撲 変わらぬ光景がある

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【舞の海の相撲俵論】
英霊に見守られ、うららかな日差しを受けて奉納相撲 変わらぬ光景がある

元力士のキャスター、舞の海秀平さん=2015年6月2日、東京都墨田区(荻窪佳撮影) 元力士のキャスター、舞の海秀平さん=2015年6月2日、東京都墨田区(荻窪佳撮影)

 この季節になると、桜の花びらが舞う中で土俵入りした靖国神社の奉納相撲のことをよく思い出す。

 仕出し弁当が中心の他の巡業とは違って、靖国神社では昔から毎年決まってタケノコご飯とサバの煮付け、わかめのみそ汁が供された。あの素朴な味が懐かしい。

 食糧難だった戦後。力士たちに力をつけてほしい、と神社関係者が炊き出しをして差し入れ、今も続けられている。

 高校を卒業後に故郷の青森から上京し、日大に入学して5月に臨んだ新人戦で靖国神社に常設の立派な土俵があることを初めて知った。実は靖国神社と相撲界とのつながりは長く、深い。

 国家のために命をささげた方々を慰霊、顕彰する目的で創建された明治2年。鎮座祭において、3日間の奉納相撲が行われた。御霊(みたま)を慰めるためだったという。

 以来、八百長問題で中止された平成23年などをのぞき、恒例行事としてほぼ毎年奉納相撲が行われてきた。大正6年の火災で国技館が焼けてしまったときには、靖国神社の土俵を借りて本場所を乗り切った。

 「初め欧化主義の盛に行はれし当時は、相撲の如く赤裸々たる体躯を露はして公衆に示すは、蛮風となりとて指弾擯斥(ひんせき)せられ、囂々(ごうごう)の議を極めたりしかど、伝来のひさしきと勇武鼓舞の名目の下に本社にては之を行うことを得しめ、実に相撲道の命運を挽回して角觝(かくてい)界今日の盛大を致せるものは、本神社に負う所大なりと云うべし」(明治44年発行の「靖国神社誌」)

 「野蛮な裸踊り」とさげすまれた時代にも変わらず靖国神社は大相撲を陰で支えてきた。だからこそ、相撲界もその思いに応え続けてきた。歴代の理事長は紋付き袴姿で、横綱は綱を締め、そして幕内力士は化粧まわし姿で土俵入りの前に、中庭での“公式参拝”を欠かさない。

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