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【オリンピズム】1972札幌(7)スペインの伏兵「パコ」の勝因

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【オリンピズム】
1972札幌(7)スペインの伏兵「パコ」の勝因

男子回転を制し、キスで喜びを表現するオチョア=昭和47年2月13日、北海道・手稲山回転競技場 男子回転を制し、キスで喜びを表現するオチョア=昭和47年2月13日、北海道・手稲山回転競技場

 1972(昭和47)年2月11日、滋賀県米原市の米原駅を通過した下り新幹線「ひかり303号」の車内にアナウンスが流れた。

 「笠谷メダル絶望」-。当時のサンケイ新聞によると、乗客は声を失い、車内は「シーン」と静まりかえったという。札幌冬季五輪ジャンプ90メートル級は、笠谷幸生が敗れた試合として記憶されている。

 優勝したのはポーランド・ザコパネ出身の19歳、ボイチェフ・フォルトナだった。「誰だ!あの小男は」「あせたユニホーム」「一五八センチ、六〇キロのからだはそばで見ると一段と貧相」…。新聞紙上に並んだ金メダリストを揶揄(やゆ)する言葉からも、日本中の失望が感じられる。

 札幌五輪ではフォルトナ以外にも“伏兵”の優勝が相次いだ。中でもスキー界に衝撃を与えたのが、アルペンスキー男子回転を制したフランシスコ・フェルナンデス・オチョア(スペイン)だった。

 スペイン選手が冬季五輪で金メダルを獲得したのは、後にも先にもこの一度きり。〈両手を高々と振ったオチョアは、投げキスをふりまく。それでも足りないと思ったのか、通訳嬢を抱き寄せてホッペタに“チュッ、チュッ”〉(当時のサンケイ新聞)。喜び方も底抜けだった。

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