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【オリンピズム】1972札幌(6)「あの当時、オレら緊張してたよね」 日の丸背負う責任感

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【オリンピズム】
1972札幌(6)「あの当時、オレら緊張してたよね」 日の丸背負う責任感

メダルを独占し、大観衆に手を振る日の丸飛行隊。右から藤沢隆、青地清二、笠谷幸生、金野昭次の4選手=1972年2月6日、宮の森シャンツェ メダルを独占し、大観衆に手を振る日の丸飛行隊。右から藤沢隆、青地清二、笠谷幸生、金野昭次の4選手=1972年2月6日、宮の森シャンツェ

 五輪に向け、選手たちは札幌市郊外の中山峠で心身を追い込んだ。例年、9月にはストーブが赤々とたかれるような陸の孤島。練習が終われば、後は酒を飲むか、マージャンをするか、寝るかしかない。そんな合宿の様子が、益子がつづった「ジャンプの今昔物語」に描かれている。

 「芋の子を洗うような状況の小さな浴室での入浴を済ますと、夕食が配膳(はいぜん)されておりました。豚すきがテーブルに並ぶと、『札幌ファンタ』を出せと、凄(すご)む選手達(たち)でありました」-。札幌ファンタとは無論、ビールを指す。

 夕食後も小宴は続いた。「ちゃんとおばちゃんが用意しといてくれんだわ、四合瓶で」。益子がニヤリとした。ニッカウヰスキーの笠谷、拓銀の益子、雪印乳業の青地清二が3人で冷酒をあおっていると、「ウイスキーはニッカ、つまみは雪印、余ったカネは拓銀に入れれよ!」。そんな冗談が飛び交った。

 しかし、いくら飲んでも選手たちの頭からジャンプが離れることはなかった。「酒飲んでてもね、終わるときはジャンプの話になってんですよ。最終的には。お前のランディングはこうだったんでないか。こうしたらもっとよくなるぞ。そういう話で最後は、寝る前は終わっちゃうんですよ」。銀メダリストの金野昭次が述懐した。

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