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【オリンピズム】1972札幌(6)「あの当時、オレら緊張してたよね」 日の丸背負う責任感

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【オリンピズム】
1972札幌(6)「あの当時、オレら緊張してたよね」 日の丸背負う責任感

メダルを独占し、大観衆に手を振る日の丸飛行隊。右から藤沢隆、青地清二、笠谷幸生、金野昭次の4選手=1972年2月6日、宮の森シャンツェ メダルを独占し、大観衆に手を振る日の丸飛行隊。右から藤沢隆、青地清二、笠谷幸生、金野昭次の4選手=1972年2月6日、宮の森シャンツェ

 2010(平成22)年バンクーバー五輪は開幕前から騒がしかった。火種はスノーボード男子代表選手の乱れた服装だった。当時、日本選手団の副団長だった笠谷幸生は、一人で責任を負う覚悟で辞任を申し出た。

 その場は慰留されたものの、笠谷は後に日本オリンピック委員会(JOC)の選手強化本部会で、「大変な責任を感じている。おわび申し上げたい」と頭を下げ、スキー界の役職を辞した。この事件をきっかけに全日本スキー連盟(SAJ)は「行動規範」を策定することになる。

 「衣服の着用に当たっては品位を重んじ適切な着用方法によること」「常に良識を持って誠実に行動すること」「違法薬物を一切使用しないこと」。“校則”のごとき行動規範を、1972(昭和47)年札幌五輪を戦った笠谷ら「日の丸飛行隊」の面々はどう感じるだろう。

 「あのチームはおもしろかったよ。笠谷の兄貴(昌生コーチ)はたばこのむな、酒飲んじゃ駄目だ、マージャン駄目だとか一切なかったもんね。選手村に入る前の1週間は山奥に缶詰めになったけど、それでもね」。日本選手団の旗手を務めた益子峰行が懐かしそうに語った。

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