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【オリンピズム】64年東京のいまを歩く(1)三島由紀夫が見たあの瞬間 東京五輪の取材ノート

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【オリンピズム】
64年東京のいまを歩く(1)三島由紀夫が見たあの瞬間 東京五輪の取材ノート

 なぜ、山中湖なのか。素朴な疑問を抱きながら「山中湖文学の森 三島由紀夫文学館」に足を運んだ。先に見つかった、三島の1964年東京オリンピックの取材ノートが初公開されている。

 一隅にノートはあった。開会式のページ。縦書きの流麗な文字は美しく分かりやすい。丹念な記録は祭典の記録者たろうとする真摯(しんし)な思いからか。自分の拙(つたな)いメモが恥ずかしい。

ボクシングの試合を見に来た三島由紀夫。会場となった後楽園アイスパレスは1971年9月に閉鎖・解体された=1964年10月11日 ボクシングの試合を見に来た三島由紀夫。会場となった後楽園アイスパレスは1971年9月に閉鎖・解体された=1964年10月11日

 三島は当時39歳。前年、ノーベル文学賞候補に挙がるなど充実の時を迎えていた。会期15日間以外にも意欲的に取材し朝日、毎日、報知3紙に寄稿した。

 64年は作家が縦横に新聞紙上に筆をふるった大会だった。五輪を機にテレビが普及、お茶の間に瞬時に映像が届けられた。新聞はその対応に追われ、「作家たちの個性的な文章を求めた」と日本文学者の石井正己は編著『1964年の東京オリンピック』(河出書房新社)に記す。「付加価値が必要だと考えたに違いない」とも。

 なかで三島の活動は群を抜いた。『東京オリンピック-文学者の見た世紀の祭典』(講談社文芸文庫)は40人91編の文章を所収。三島の文章は実に11編で、2番目の石原慎太郎と菊村到の6編をはるかにしのぐ。

 開会式、閉会式にボクシング、重量挙げ、競泳、陸上、体操、女子バレーボール。その華麗な文章は陸上100メートルの優勝者ボブ・ヘイズを「空間の壁抜け男」(毎日)、女子バレーボールの河西昌枝を「水鳥の指揮官」(報知)と表し、女子100メートル背泳4位の田中聡子は「白い叙情詩」(報知)として描いた。

 開会式は毎日新聞社の依頼。「毎日本部より」会場入りし、克明に記録した。

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