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【外交文書公開】日中、碑文の調整手間取る 北京の交流センター

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日中、碑文の調整手間取る 北京の交流センター

外交文書公開更新
1986年11月、日中青年交流センター定礎式で握手する中曽根康弘首相(左)と胡耀邦総書記=北京(共同) 1/1枚

 中曽根康弘首相の中国訪問時に定礎した「日中青年交流センター」(北京市)に設置する記念碑を巡り、両国が碑文をどう書くかで調整に手間取った実態が浮かんだ。首相の1986年11月の訪中に際し、中国側の要請で記念碑建立が決まり、首相と中国共産党の胡耀邦総書記が定礎式で碑文を揮毫することとした。

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 20日公開の外交文書によると、日本が日中関係4原則の「平和友好、平等互恵、相互信頼、長期安定」を4単語のうち両首脳が二つずつ書くことを提案し、了承された。

 ところが、訪中1週間前になり、中国側は「総書記に確認したら、二つずつ書くと見た目が良くないとの意向だった」と変更を要請。それぞれが四つ全部を書き、記念碑の両面に刻む案を示した。当日の出来栄えが悪かった場合に備え、事前に書いたものを双方が用意することも求めた。

 変更案は最終的に首相の意向で承諾。ただ首相は事前に用意せず、定礎式での揮毫を使う方向で進めることになった。