産経WEST for mobile

“川柳界の与謝野晶子”時実新子さん没後10年 激しく表現された「女性の業」、今も存在感

記事詳細

“川柳界の与謝野晶子”時実新子さん没後10年 激しく表現された「女性の業」、今も存在感

更新
川柳作家の故時実新子さん 1/2枚

 川柳作家で随筆家の時実新子(ときざね・しんこ)さんが78歳で亡くなって今年で10年。女性の情念を率直に詠み、川柳界に新風を吹き込んだ時実さんの業績を特集や企画展などで振り返る試みが相次いでおり、今なお存在感を放っている。(横山由紀子)

<< 下に続く >>

「珠玉にして匕首の句集」田辺聖子さん称賛

 時実さんは昭和4年、岡山県に生まれた。17歳で兵庫県姫路市の商家に嫁ぎ、子育て中の25歳から川柳を作り始めた。昭和38年に句集「新子」でデビュー。50年、季刊川柳誌「川柳展望」を主宰した。

 《凶暴な愛が欲しいの煙突よ》

 《五月闇生みたい人の子を生まず》

 62年には、夫ある女の激しい恋情を詠った句集「有夫恋(ゆうふれん)」がベストセラーとなり、作家の田辺聖子さんは「珠玉にして匕首(あいくち)の句集」と称賛。“川柳界の与謝野晶子”と呼ばれた。平成8年、「月刊川柳大学」を創刊し、多くの若手作家を育成。本紙夕刊の「夕焼けエッセー」の選考委員も務め、19年3月、肺がんのため死去した。

 没後10年の特集を組んだのは、時実さんの再婚相手で編集者の故大野進さんが20年に創刊した隔月川柳誌「現代川柳」。7月発行号に、神戸市内で6月に開催された没後10年を記念した川柳大会のほか、時実さんと親交のあった芸能評論家の木津川計さんの特別寄稿「川柳一代女」などを掲載した。

 《背信の夜明けの闇のその重さ》

 《こちらあなたの夫と死ぬる女です》

 激しく表現された女性の業(ごう)。木津川さんは「かくほどに奔放に剥き出しに情念や情欲を詠い上げた女流川柳家がいたであろうか。先行する者も後続する者もいない」と指摘。「時実新子が逝って十年、遺憾ながら第二の新子はまだ現れない」と記した。

「文芸とは恥をかくこと」「いかに裸になれるか」…

 戦後の混乱の中、進学を断念し、親の決めた相手と最初の結婚をした時実さん。戦争で頭部を負傷し、後遺症に苦しむ夫からの暴力がたえなかったという。そんな夫婦や家族の問題も、川柳やエッセー、小説などに包み隠さず描き、句会や川柳教室などではよくこう口にした。

 「文芸とは恥をかくこと。それが嫌ならやめなさい」「いかに裸になれるかが、物書きの分岐点」「私は泣きながら作らなかった句はない」

 「現代川柳」の編集委員、中野文擴さん(77)は「時実さんはほぼ裸になって川柳を作り、われわれにそれを教えてくれた」と述懐。会員らは「鋭い言葉で作品を紡いだ時実さんの精神を引き継ぎ、尖っていきたい」と話す。

時実新子展」開催中 10月15日まで

 時実さんが川柳と出合った姫路の地では、結婚、子育て、句作に挑戦する日々にスポットをあてた企画展「没後10年 川柳作家 時実新子展」が10月15日まで姫路文学館で開催されている。

 婚家の文具店の当時の写真、自費出版で絶版となったため“幻の本”となった第一句集「新子」、「川柳展望」の創刊号などを展示し、時実さんの実像に迫る。10月8日には、親交のあった作家・玉岡かおるさんが「モノ書く女・時実新子との時間」と題して講演する。

写真ギャラリー

  • 時実さんが川柳に込めた精神を後世に伝えていきたい」話す「現代川柳」の編集部員たち=神戸市