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天然アマモの石風呂、来夏で営業終了 消える瀬戸内の原風景に常連客惜しむ声 広島・竹原市の岩乃屋

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天然アマモの石風呂、来夏で営業終了 消える瀬戸内の原風景に常連客惜しむ声 広島・竹原市の岩乃屋

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 広島県竹原市忠海(ただのうみ)の海岸沿いに日本で唯一残るアマモを使った石風呂が、来年夏で営業を終えることになった。岩を削った横穴に瀬戸内海の天然アマモを敷き詰めたサウナのような蒸し風呂は美肌や疲労回復に効果があり、かつては瀬戸内沿岸だけでも数千カ所あったとされる。だが、近年アマモなどの資材が入手困難になり、経営者が75歳の節目を迎えるのを機に閉店を決断した。常連客らからは瀬戸内の原風景でもある石風呂文化の消失を惜しむ声が相次いでいる。(飯塚隆志)

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 広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ「しまなみ海道」を遠望する竹原市忠海。眼前に砂浜が広がる「旅館 岩乃屋」から岩場をつたうように伸びる細い道を約200メートル進むと、花崗岩(かこうがん)を削ってできた石風呂が見えてくる。

 穴の中には「ぬるい方」と「あつい方」と呼ばれる、7、8人ずつ寝ることができる部屋が2つある。石風呂を経営する岩乃屋2代目の稲村喬司(いなむら・たかし)さん(74)は、毎朝8時にはやって来て、午前11時半からの営業に備える。

 稲村さんは小さな入り口から「あつい方」に入り、中で枝の束に直に火をつけると、外に出てきた。何度か長いさおを使って部屋の中で燃える枝の山を突き崩すと炎が噴き出すように一気に燃え上がり、床から2メートルほどの岩肌の天井をなめていった。石風呂は「あつい方」(室温60~90度)の熱気が土管を通って隣の「ぬるい方」(同40~60度)に伝わる仕組みになっている。

 上半身裸で黙々と開店準備を続ける稲村さんの体から大量の汗が噴き出す。ほてった体はその都度、潮風にさらした。約40分後、枝がほぼ燃え尽きると、持つだけでも腕が震える重いさおを正確に操って灰をかき出す。さらに、さっきまで燃えさかっていた部屋に入って残っていた灰を掃き出すと、海水でぬらしたムシロを床に敷き、その上にたっぷりのアマモを敷き詰めた。

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 石風呂は、かつて瀬戸内海周辺など温泉の出ない地域を中心に疲れを癒やす施設として村々にあり、庶民に親しまれてきた。

 全国の石風呂に詳しい愛知大地域政策学部の印南敏秀教授(63)によると、江戸時代には、瀬戸内沿岸だけで数千カ所にあったとみられ、地域住民が使う石積みのものが多かった。戦前まで使われていた石風呂の中には800年前に造られたものもあったほか、周防大島(山口県)には40カ所近くあった。

 岩乃屋のような規模は湯治場としても使われていたといい、数分間の入浴を繰り返すことで体が芯から温まり、疲労回復につながる。また、天然アマモを敷き詰めた部屋で磯の香りとミネラルいっぱいの蒸気に包まれることで、美肌効果やリラックス効果などもあるとされる。

 しかし、近代化のなかで、石風呂の利用者は減少。香川県の内陸部、さぬき市昭和に「から風呂」が営業しているが、アマモは使っておらず、いつでも利用できるアマモを使った石風呂は、岩乃屋だけになっている。

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 岩乃屋は昭和25年、大阪の戦火で商売も家も失った稲村さんの父が始めた。海岸沿いの花崗岩を削ってできた穴はもともと、戦時中に旧日本軍が船を隠すために使っていたという。

 稲村さんは毎夏、船上から2本の竹ざおで1年分のアマモを刈り取って保管している。石風呂が数多くあった頃、瀬戸内海で何艘(そう)もの船がアマモを刈り取る風景は夏の風物詩でもあった。

 だが、環境の悪化などで近海のアマモは減少し、生育も悪くなった。近隣の山から枝を集めて束にしてくれる人も年をとって束枝の入手は困難になり、愛用のムシロも新調することが難しくなってきた。自らの体力の衰えも感じる。

 「アマモと束枝、ムシロの3点にこだわって続けてきた。その一つでも手に入らなければ廃業はやむを得ない」。稲村さんは常々、そう心に決めていた。多い時で1日60~70人いた客が20人前後に減ってしまったことも、決断を促した。

 営業最終日は、75歳になる前日の来年9月1日。決意は固い。

 午前11時頃、「ぬるい方」の営業開始を前に、石風呂の前に常連客が集まり始める。30年来のファンという兵庫県芦屋市の会社社長、嘉屋聖二さん(73)は「腰痛に効くので来るようになった。サウナよりも長く入れるのがいいところで、石風呂に入るようになって風邪もひかなくなった。なくなるのはさみしい」と話した。

 「旅館 岩乃屋」の石風呂 営業時間は午前11時半~午後9時。「あつい方」は午後1時から入浴できる。男女混浴のため水着などを着て利用する。原則、毎週月曜と第3日曜が定休。年末年始の休みは12月24日~1月4日。料金は昼1200円、夜(午後4時~)1100円。

 広島県竹原市忠海床浦1の12の30 JR呉線忠海駅から徒歩約15分。(電)0846・26・0719