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【言葉ってすごいね(5)完】正義の味方はカッコよくなんか、ない…やなせたかしさんの物語

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【言葉ってすごいね(5)完】正義の味方はカッコよくなんか、ない…やなせたかしさんの物語

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 「たくさんの愛と希望、勇気をありがとう」「先生の言葉に何度も励まされました」-。国民的キャラクター「アンパンマン」の生みの親で昨年10月に亡くなったやなせたかしさんの郷里、高知県香美(かみ)市の記念館。献花台に置かれたノートは、来館者が書き込んだ感謝の言葉で埋まっていた。苦難を乗り越えて「生きる意味」を私たちに問いかけ続けた94年の生涯。その思いを受け取った“証し”のような書き込みは日々数を増し、遺(のこ)した言葉が世代を超えて受け継がれていくのを感じさせる。

怖くない、だってアンパンマンが助けてくれる

 やなせさんが作詞した「アンパンマンのマーチ」には、幾多の苦難を乗り越えてたどりついた人生哲学が込められている。

 「なんのために生まれて なにをして生きるのか」

 「そうだうれしいんだ 生きるよろこび たとえ胸の傷が痛んでも」

 軽快なメロディーに奥深い言葉を乗せた曲は、東日本大震災直後の被災地で繰り返し流され、傷ついた人々を勇気づけた。

 ラジオ局「TOKYO FM」のプロデューサー、平岡俊一さん(43)は当時3歳だったアンパンマン好きの娘の姿を思い浮かべ、「被災地の子供たちを笑顔にしてあげたい」と放送を決めたと振り返る。

 「なんだかジーンときた!」「元気が出る」。反響は大きく、やなせさんの元にも「地震があっても怖くない。だってアンパンマンが助けてくれるから」と幼い子供の字で手紙が届いたという。平岡さんは「やなせさんのストレートな気持ちの歌詞が被災者の心に届いたと思う」。

 「やなせさん自身が苦難や逆境を乗り越えてきたからこそ、被災地でも共感を呼んだのでは」。香美市立やなせたかし記念館の事務局長、仙波美由記さん(37)もそう話す。

逆転しない正義…献身と愛

 未熟児で生まれ、5歳のとき父と死別。母の再婚後は伯父夫婦に育てられた。戦争で特攻隊員だった弟を亡くし、不遇の時代を支えてくれた最愛の妻をがんで失う。別離の悲しみに耐えながら愛と勇気の物語を描いた。アンパンマンにはその人生が色濃く投影されている。

 出征した中国で飢えに苦しみながら1千キロを行軍、野草や芋ガラなどを食べて命をつないだ。後年、「肉体的苦痛はいつかは慣れるが、ひもじさだけは耐え難かった」と振り返った。このときの経験がおなかをすかせた人にアンパンでできた顔を食べさせるという異色のヒーローに結実する。

 戦争では「ある日突然逆転する正義」も思い知らされた。逆転しない正義とは何か。それは「献身と愛。自分を犠牲にしても目の前の飢えた人に一片のパンを与えること」。だから、アンパンマンは敵を倒すことよりも弱い人を助ける。それがやなせさんの望む正義だった。

 アンパンマンがテレビアニメ化されて一気にブレークしたとき70歳は目前。超遅咲きだったが、くさることなく漫画を描き続けた。

 言葉を大切にし、詩人の顔も持ち合わせ、詩集も数多い。その詩は難解な現代詩と一線を画し、素直な言葉で綴(つづ)った。例えば「孝行」と題された詩には、未熟児で出産が楽だったことが母親への唯一の孝行で、もっと孝行して喜ばせたかったと気持ちのままに書いた。

 やなせさんが責任編集を務めた季刊誌「詩とファンタジー」(かまくら春秋社)で長年担当だった山本太平さん(38)は「母へのやさしさ、思いやりがあふれ、自分を犠牲にしても弱い人を助けるアンパンマンの思想に通じるものを感じる」と話す。

 「先生はいつも詩は詩人だけのものではない、みんなに詩を作ってほしいと言っていた。詩を作ることは言葉を大切にすることだから。言葉の力を強く信じている方でした」

伝えたい…

 郷里の記念館には連日のようにやなせさんの著書への問い合わせが相次ぎ、館内での昨年11月の著書売り上げは前年同月比で約3倍に。一度に10冊まとめ買いする人もおり、足を運ぶ人も増えている。やなせさんの言葉が求められているようだ。

 年間約3万人が自殺し、言葉の暴力やいじめが絶えない時代。記念館近くに住む介護助手、今久保美起さん(28)は「やなせさんの言葉や作品は、苦しんでいる人を見捨てずに手を差し伸べる優しさに満ちている」と話し、長女(1)と一緒に記念館を訪れた高知市の会社員、坂本俊介さん(28)も「誰の人格も否定せず、みんな仲間なんだと呼びかけるメッセージが胸に響く。娘に伝えたい」と言う。

 やなせさんの肉体は失われたが、魂のこもった言葉は一層輝きを増し、蒔(ま)かれた言葉の種は私たちの心に根を下ろして芽を伸ばしていく。(野々山暢、伐栗恵子) =おわり

 やなせたかし(本名・柳瀬嵩) 大正8年生まれ。高知県で育ち、東京高等工芸学校(現・千葉大工学部)卒。中国で終戦を迎え、新聞社や百貨店などに勤務後、昭和28年に漫画家デビュー。48年に絵本「あんぱんまん」を出版、63年のテレビアニメ化で国民的人気作品に。ラジオドラマの脚本や童話のほか、童謡「手のひらを太陽に」の作詞なども手がけた。48年に雑誌「詩とメルヘン」を創刊、平成19年には「詩とファンタジー」を立ち上げ、責任編集を務めた。日本漫画家協会理事長などを歴任。25年10月、心不全のため94歳で死去。

     

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