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【関西事件史】取材ヘリ空中衝突事故 一度ならず二度までも

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取材ヘリ空中衝突事故 一度ならず二度までも

関西事件史更新

 「泉佐野の上空でヘリコプターが空中衝突した」

 平成6(1994)年10月28日。当時は大阪府警担当のサブキャップだった。ボックスと呼ばれる府警記者室だったのか、それともサブキャップの持ち場である警備部幹部の部屋を回っていたときだったのか。どこで一報を聞いたか記憶は判然としないが、前線キャップとしてすぐに現場に向かった。

 事故の規模は? 墜落先で住民らは巻き込まれていないのか? 現場に向かう車中で紙面の展開や各記者の役割分担を考えながら、思考の一部は10年前に飛んでいた。

 「まさか、またヘリコプターの空中衝突を取材することになるとは。しかも当事者は一緒や」

怒涛の事件イヤー

 昭和59(1984)年7月31日。記憶がまざまざとよみがえってきた。

 この年は兵庫県警とその担当記者にとって生涯忘れられない1年だろう。3月1日に消費者金融からの借金苦で県警自動車警ら隊の現職警部補が大阪・ミナミで銀行強盗を犯して捕まり、18日には江崎グリコの社長が自宅で入浴中に拉致された。

 4月に入って10日に犯人グループによるグリコ本社への放火があったと思ったら、24日には同じく借金苦の県警川西署の巡査長が、猪名川をはさんで隣接する大阪府池田市の銀行で猟銃をぶっぱなす強盗で逮捕された。3月の警官強盗で「まさか」だった大見出しは、1文字が変わっただけの「またか」になった。

 5月5日のこどもの日には、阪急電車六甲駅で通過待ちの山陽電車が運転士のミスで本線に動き出し、特急電車と衝突した。6月5日には4代目組長の選定をめぐって内部対立していた暴力団山口組が分裂、離脱組が一和会を立ち上げた。

 この後も、加古川・姫路バイパスでの重大交通事故続発(8月)や、グリコ犯による森永製菓脅迫(9月)、運転士の飲酒・居眠り運転による国鉄(現JR)西明石駅でのブルートレイン(寝台特急)脱線転覆事故(10月19日、計32人負傷)と、大事件・事故が続くのだが、とにかく疲労が極限状態にあるときに事故は起きた。

 その日昼前に明石市で会社事務所が襲われて現金約670万円が奪われる強盗事件があり、夕刊に原稿を送り終えてほっとした直後だったと思う。地元紙である神戸新聞の先輩記者が県警広報課に飛び込んできた。

 「明石の現場でヘリが衝突したと言ってきた。情報入ってる?」

 事故の概要はこうだ。その強盗事件を取材していた毎日新聞のヘリと、朝日放送がチャーターしていたヘリが空中で接触し、双方とも墜落した。朝日放送機は大破して乗員3人が死亡。毎日機も大破したが、乗員3人は奇跡的に負傷ですんだ。

 衝撃的だったのは、共同通信が配信してきた写真だった。事故では毎日機のメーンローター(主回転翼)が、ホバリング(空中停止)しながら取材をしていた朝日放送機の最後部(テール)を切断したのだが、まさにその瞬間を子供と散歩中だった明石市の男性が偶然写真に撮っていたのだ。

 ヘリはメーンローターで上昇、飛行するが、最後尾にあるテールローター(尾回転翼)によって機体が一緒に回らないようバランスを取る。このテールローターがなくなったことで、朝日放送機は機体がメーンローターに引っ張られて高速回転し、制御不能になり墜落したとみられた。

 「ヘリ2機がランデブーのようにアングルに入ってきたので、珍しいと思いシャッターを押した」。男性は当時、そう語っていたが、写真では破片が飛び散る様子まで鮮明にとらえられていた。ちなみにこの写真は、同年の報道写真賞を総なめにしたと記憶している。

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