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西南戦争から140年、広島東照宮に慰霊碑復元

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西南戦争から140年、広島東照宮に慰霊碑復元

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 ■「歴史の一端継承したい」 鎮台兵に多数犠牲

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 西南戦争で戦死した広島の兵士を慰霊するため、戦争翌年に広島東照宮(広島市東区)に建てられ、太平洋戦争後の混乱に紛れて所在不明だった石碑「旌忠碑(せいちゅうひ)」が広島市内で見つかり、地元住民らが元の場所で復元・建立した。7日、現地で復元に関わった有志が除幕式を開き、「西南戦争から140年の時を経て、改めて広島の歴史を継承したい」と再建を喜んだ。

 石碑は高さ2・8メートル、幅1・3メートル、奥行き0・4メートル。広島鎮台司令長官だった三浦梧楼・陸軍中将の名で、広島鎮台の兵士の功績や多数が犠牲となった歴史が刻まれている。

 行方不明になっていた石碑は、平成27年頃に所在が判明した。住民有志らの「西南戦争『旌忠碑』復元委員会」によると、戦後、商人の手にわたり、昭和40年代に西区の庭園に据えられたが、平成25年に佐伯区湯来町の石材業者が引き取って保管していた。

 その後、知人で郷土史家の田辺良平さん(82)=東区=らが史料や県史を調べたところ、「大日本名所図録 広島県之部」(明治34年発行)などに描かれている旌忠碑と判明した。

 田辺さんらは石碑があった境内の同じ場所での復元を目指して3月に委員会を発足。運搬や台座、説明板の設置などにかかる費用の募金活動を始め、9月までに県内を中心に約250の個人・団体から目標額を超える約350万円が寄せられたという。

 この日の除幕式には、関係者約60人が出席。委員長の山本一隆・広島市文化協会長が「広島の歴史の一端を保存しなければならないと計画を進めてきた。節目の年に戻すことができて感無量です」をあいさつした。事務局長を務める田辺さんは「近代広島の歴史は原爆が中心となっているが、原爆投下前の古い歴史も多くの方に知ってもらいたい」と話した。