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【立ち上がる 震災から4年】(上) 被災地支援のバトンつなぐ

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(上) 被災地支援のバトンつなぐ

立ち上がる 震災から4年更新

 東日本大震災から4年がたつ。この間、復興のために地元、若者、全国の人が心一つに立ち上がった。その力は地域再生の原動力となり、被災地は変わりつつある。被災者一人一人が再び立ち上がるその日まで、支援のバトンはつながっていく。被災地の「人の力」を追った。

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 「このチラシのデザインは変えた方が分かりやすくなるんじゃないか」「よし、それでいこう」

 岩手県釜石市役所で、30代の数人が活発なやり取りを交わす。一般行政職員の平均年齢が43・3歳の市役所で、フランクな雰囲気のこの一角は異彩を放つ。

 彼らは、経済同友会などを通じて被災地に派遣された「東北未来創造イニシアティブ」のメンバーだ。東北大学などが中心となり平成24年に立ち上げられ、釜石市、岩手県大船渡市、宮城県気仙沼市で地域を担う起業家育成と復興計画のサポートを続けている。経済同友会の会員企業が、働き盛りの社員を20人以上派遣してきた。

 ◆企業の力生かす

 リコーの堀部史郎さん(38)は25年8月から赴任している。震災直後の23年6月に、リコー単独の被災地支援として、東北入り。復興の応援を続けたいと、イニシアティブへの社内公募に志願した。リコーではシステムエンジニアとして、サービスネットワークの効率化などを担当。「リコーとして支援していた頃は専門家の会社員として、会社の資源をどう活用するかに重点を置いていた」と振り返る。一方、「イニシアティブでは、社会人として競合他社を含めた企業の力をどう地域に生かそうかと支援して、まちを活気づける瞬間に立ち会えた」と笑顔を見せた。

 今年6月には出向元へ戻る。環境ビジネスへの希望を持つ堀部さんはこう語る。「自然豊かな釜石で、個々の熱意がまちを動かしてきたのを見てきた。経験を生かせる仕事をしたい」

 被災地では今も多方面からの支援を必要としており、企業からの支援は東北の経済的な復興に大きな役割を持つ。その活動が支援企業の収益につながることが理想的といえるものの、うまく結びつくケースはまれだ。各企業が持つ専門性を生かすこと、利害を超えた経済団体だからできること。イニシアティブは一つの試金石となる。

 イニシアティブは5カ年計画で設立され、活動期間はあと2年。育成した起業家のネットワークで、新規ビジネスが立ち上がりやすい環境づくりを行うなど被災地経済の支援をどう継続するかにも視野を広げる。

 震災後、企業やボランティア団体は途絶えることなく、人材を送り込める制度を整えた。そして、震災から4年間で、多くの支援者が東北を訪れ、去っていった。このリレーを続けるには、被災地での活動が、支援者のキャリアアップにつながることも鍵となる。

 ◆経験が役に立つ

 釜石市の「釜援隊(かまえんたい)」。総務省の復興支援員制度を活用した事業で、年300万円と必要経費が支給され、個人事業主として地域活性化を支援する。首都圏などから若者十数人が集まり、活動している。

 メンバーの茨木いずみさん(28)はこの春、隊を“卒業”し、東京の大学で教育に関する研究を続けながら、出身の宮崎県高千穂町で地域活性化を目指すNPO法人を立ち上げる。

 一昨年8月に入隊した茨木さんは、市が整備する交流広場や立体駐車場、公営住宅、文化ホールなどを運営管理するまちづくり会社の立ち上げにあたった。「出身地の地域活性化は入隊前からの目標だった。釜石での経験が大きく役に立ちそうだ」と話す。

 釜援隊は新年度に向けて、4人程度の新メンバーを選考中。約10人の申し込みがあり、志望動機は「復興を見届けたい」というものから「東京で働くよりも成長ができる」といったものまで。被災地を支援する多士済々が集まる仕組みができつつある。(高木克聡)