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【森山直太朗に聞く】「活動小休止」の間に森山直太朗がやっていたことは? 「曲と会話してた」と言うけれど…

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「活動小休止」の間に森山直太朗がやっていたことは? 「曲と会話してた」と言うけれど…

森山直太朗に聞く更新

 今年メジャーデビュー15年目のシンガー・ソングライター、森山直太朗(40)は、昨秋から今年にかけての約半年間の活動小休止を経て、音楽活動の原点に立ち返った。休止後にリリースした最新ベスト盤「大傑作撰」は9月19~25日のオリコン週間アルバムランキングで4位に入るなど絶好調。そんな森山に活動小休止したワケとヒットの舞台裏を聞いた。(竹中文)

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 《昭和51年、東京生まれ。大学時代から本格的にギターを持ち、曲作りを開始した。その後、路上ライブなどを展開し、平成14年10月、ミニアルバム「乾いた唄は魚の餌にちょうどいい」でメジャーデビュー。15年リリースのシングル「さくら(独唱)」の大ヒットで、一躍、脚光を浴びた》

 路上で歌っていたデビュー前は曲と自分との関係が親密でした。メジャーデビューして、ツアーがあり、CDリリースがあり。取り巻く環境はめまぐるしく変わって…。忙しさにかまけて、自分の活動を根本で支えている曲との付き合いが希薄になっていくような気がしていました。

 《それでも持ち前の愛嬌と体力を生かし、音楽活動を続けてきた…》

 30~40年後の音楽活動について思いを巡らせたとき、自分の生き方を考える時間を持ちたくなり、一度、足を止めようと思いました。これから音楽活動を続けていく上でも活動小休止が有意義な時間になるのでは、と思ったんです。

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《活動小休止中は、山小屋で生活しながら、作りかけていた曲を整理した。不要なものを捨て、執着から離れる「断捨離」のような作業だったという》

 山小屋に行く必要があったのかどうかは分からないのですが、山小屋に憧れていた。男の子が秘密基地に憧れるようなもので。山小屋が必要なんだというような目的意識はありませんでした。でも、生理的に、息抜きができる場所みたいなものを求めていたと思うんです。

 そこでは気持ちを軽くする作業ができたと思うんですよね。この間、自分が夢中になれるような曲について考えた。その結果、新たにアルバムや曲を作るときには自分の感情や感覚に、より従順になりました。すごく考え方がシンプルになったんです。曲と向き合う姿勢は路上ライブをやっていた頃の感覚に近いような気がします。

 《それでも15年前と全く同じ状態に戻ったわけではない。今は過去の自分を客観視できるようになった。例えば、デビュー間もない頃。幼稚園から大学まで成城学園(東京)で学んだ森山は、小田急線「成城学園前駅」から校舎までの通学路の桜の風景をモチーフにした曲を発表した。この曲が「さくら(独唱)」。森山直太朗の名前と存在を一気に世に知らしめた》

 「さくら(独唱)」は、ぱっと咲いて散る桜に、出会いと別れを重ね、春の縮図を描くような曲になりました。(この曲をリリースした頃は)人前に出たときには表現が力(りき)んだり、背伸びしたりしていた。今でも当時の映像を見ると、彼は必死で、追い込まれているな、と思います。

 《当時を振り返るときには、自身の照れを隠すように小さく、ほほ笑んだ。森山の無邪気な笑顔につられて、取材に立ち会ったスタッフやカメラマンら数人の頬も緩んだ》

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 《ベスト盤「大傑作撰」には「さくら(独唱)」のほか、CMソング「夏の終わり」「生きてることが辛いなら」などの代表曲を入れた。森山の15年間の軌跡をたどれる。来年1月27日の埼玉公演を皮切りに、15周年記念ツアー「絶対、大丈夫」もスタートする》

 15年を振り返ると、中盤では、初期の体の力みを抜こうとした結果、抜き過ぎてしまっていたようにも感じます。でも、そんな時期があって、今があると思うんです。

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