産経ニュース for mobile

【歴史戦】吉田清治氏、北朝鮮に「謝罪旅行」計画していた 奥茂治氏の公判資料で判明

記事詳細

吉田清治氏、北朝鮮に「謝罪旅行」計画していた 奥茂治氏の公判資料で判明

歴史戦更新
昭和58年10月19日付の朝日新聞に掲載された吉田清治氏。朝鮮半島で女性を「強制連行した」と虚偽を言い募った 2/2枚

 朝鮮半島で女性を「強制連行した」と虚偽を言い募った故吉田清治氏が、北朝鮮への「謝罪旅行」も計画していたことが12日までに明らかになった。吉田氏が1983(昭和58)年12月に韓国中部・天安市の国立墓地に建てた「強制連行」の「謝罪碑」を、無断で書き換えたとして韓国で有罪が確定した元自衛官、奥茂治氏の裁判で、検察当局が提出した文書に記されている。

<< 下に続く >>

 文書は吉田氏が在日本大韓民国民団(民団)婦人会中央本部に「謝罪碑」建立などの支援を求めるため提出した同年5月19日付の陳情書。吉田氏はまず、韓国国民への「謝罪碑」建立の目的について「戦後生まれの日本人に父祖の日本人が犯した歴史的な罪科を反省させるため」とした。

 続いて「平壌往復旅行」をしたい意向を表明した。理由について「(往来が途絶えている)根本的な原因は日韓併合であって、原状復帰の責任は日本人にあります」と説明。その上で、88年のソウル五輪を控え「オリンピックに参加する(北朝鮮)選手団の通路でありましょうこの道を通って、ソウル・平壌間を往復して『謝罪旅行』を行う事は私の悲願であります」と強調した。

 吉田氏はこの「謝罪旅行」において「強制連行謝罪碑」を平壌にも建立したいと明かした。さらに、南北分断家族の手紙も平壌に「配達したい」との願望も盛り込んだ。

 このほか、サハリン残留韓国人の帰還への協力を要請し、最後に「韓国人に対する戦争犯罪人の私の生命を賭しての陳情に格別のご支援を嘆願いたします」と結んでいる。

 吉田氏が訪朝し、「謝罪碑」を建立することは実際にはなかった。しかし、「吉田証言」もあって「慰安婦=強制連行」の印象は韓国内で定着していった。

 奥氏は、吉田氏の長男からの委任を受け、「韓国人が吉田証言の嘘を知るきっかけとなれば」と碑文を書き換えたが、公用物損傷罪などで懲役6月、執行猶予2年の有罪が確定。昨年6月の出頭から7カ月以上にわたり出国禁止措置を受け、今月2日に帰国した。

写真ギャラリー

  • ソウルで記者会見する奥茂治氏(桜井紀雄撮影)