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【月刊正論】それでもオスプレイを拒みますか~報道されぬ被災地支援の驚異的機能 R・エルドリッヂ

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それでもオスプレイを拒みますか~報道されぬ被災地支援の驚異的機能 R・エルドリッヂ

月刊正論更新

※この記事は月刊正論1月号から転載しました。ご購入はこちらへ。

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 MV-22Bオスプレイの最初の数機が沖縄の海兵隊普天間基地へ到着してから3年、2つの中隊の配備が完了してから2年余りが経った。海兵隊を離れるまでの間、私はこの夢の航空機と共に苦労をし、充実した日々を過ごしてきた。様々な立場の方々と数多くの協議を行うことはもちろん、外部に対しての資料提供、見学者の案内、体験搭乗などの業務を毎日のようにこなしていたことを懐かしく思い出す。

 決断力を欠いた政治と無責任な報道に包囲された中で、12機編成の2個飛行中隊、合計24機の受け入れを無事に完遂するまでの道のりは決して平坦でなかった。沖縄の地元メディアは扇動的な報道を繰り返していたし、多数のオスプレイ反対派で構成されていたとおぼしき当時の政権と地元行政、特に後者は、内外からの批判を恐れるあまり正しい広報に協力しなかった。

 例えば日本側の依頼で、2012年5月22日、海兵隊が環境問題、訓練、操縦などに詳しい米国側の専門家を招いて沖縄県内のキャンプ・フォスター(キャンプ瑞慶覧)で丸一日かけて実施した説明会は日米同盟、日米両国の現場のスタッフの連携、オスプレイの素晴らしさなどを広報する重要な機会だったはずだが、日本側はメディアを呼ばなかっただけではなく、海兵隊側の広報官の取材さえも許さなかった。沖縄防衛局が後の会見で、この説明会に触れなかったことも鮮明に覚えている。

 同年7月末、岩国海兵隊航空基地の埠頭に貨物船で到着した最初のオスプレイは、点検・整備の後、テスト飛行を行った。その後9月27日に政府や地方自治体関係者、メディア、評論家、学者ら約100人を対象にした展示説明会と体験搭乗を終え、10月1日、順次沖縄へと飛んだ。

 優れた性能を持つオスプレイは、アメリカの国益に貢献するだけでなく、6500以上の島からなる日本にとっても大変有益な装備だ。私がよく言う「日米同盟の財産(Alliance Asset)」そのものである。尖閣諸島を含めた日本の施政権下にある領土の防衛に飛躍的に役立つのはもちろん(拙論「オスプレイと尖閣諸島」本誌『正論』2012年12月号参照)、国内外の災害時にも貢献できる、垂直離着陸できる航空機でもある。自衛隊も導入を検討しているが、日米の相互運用性が高まれば、装備のみならず、人的な交流も深まり、より強固な同盟関係につながるだろう。当時、沖縄・普天間基地にいた私は、そう考えると興奮で体が震えるほど嬉しかった。

■ステッカーに見るオスプレイ反対運動の矛盾

 オスプレイが普天間基地に初めてやってきた頃、反対派の間で流行っていたステッカーがある。「No!」という文字にオスプレイのシルエットが印刷されたものだった。色は偶然にも中国の国旗同様の赤と黄色で、普天間のメインゲート(大山ゲート)、通勤用の北側の第三ゲート(野嵩ゲート)の周辺で米兵とその家族、軍属に対してヘイトスピーチをしている活動家がよく使用するものだ。ほとんどの活動家は車で「通勤」しているいわゆる「プロ市民」なのだが、違法駐車している彼らの車の後ろに、そのステッカーが張ってある。その車から降りてきた活動家の手には、ステッカーと同じデザインのプラカード、というわけだ。

 沖縄科学技術大学大学院でのオープンキャンパスに参加した時にも、このステッカーを見た。駐車場で、小学生らしい子どもとその友達を連れたお母さんが車から降りてきた。車の後ろを見たら「No!オスプレイ」のステッカーを貼っていた。

 私は「オスプレイは優れている飛行機ですので、懸念すべきものでなければ、反対する理由もない。いつでも見学の機会を設けます」とのコメントと私自身の連絡先をメモ用紙に書き、車の窓ガラスに残した。無礼な試みであったかもしれない。その後、そのお母さんからはご連絡を頂けなかった。いわゆる「活動家」ではないと思うが、雰囲気的におそらく教職員ではないかという印象を受けた。

 生協のトラック数台に「No!オスプレイ」のステッカーが貼られていたこともある。驚いたのは、そのステッカーの隣に「東日本大震災/復興支援/つながりましょう/日本の元気」と書かれていたことだ。これほど矛盾するものはない。大災害時には軍の力が欠かせない。もちろん政府、民間、市民社会などの非軍事的部門の役割も大きいが、彼らが活動をよりスムーズに進めるために、即応性の高い軍の役割が大変重要になる。それは東日本大震災時、日米が緊密な連携をとって展開した「トモダチ作戦」でも明らかだ。

 オスプレイの配備は反対派との戦いでもあった。海兵隊基地前での嫌がらせはこの3年間続いているが、沖縄メディアの報道とは異なり、実際の参加人数などは大幅に減っている。ステッカーを貼る車もほとんど見当たらなくなった。反対派のスタイルにも流行があるようだ。

■それでもオスプレイに乗った「勇気ある人々」

 日本で最初にMV-22Bオスプレイに乗った国会議員は、衆議院安全保障委員会の東祥三委員長(当時)だ。野田佳彦政権のとき、私の発案で海兵隊内部を調整し、OKが出たものだ。東先生には2012年1月に、カリフォルニア州サンディエゴのミラマー基地に来てもらった。この基地は映画好きの方にはおなじみかもしれない。トム・クルーズ主演の大ヒット映画「TOP GUN」の舞台である。

 東先生には日本に配備予定の中隊でブリーフィングを受けてもらって実際にオスプレイに搭乗して頂いた。同じ日の午後には沖縄選出の下地幹郎衆院議員も搭乗したが、二人の行動は別ルートで計画されたものだった。お二人には、心からの敬意を表したい。ともに現場主義で、この航空機を自らの目で見て判断したいと考えられたのだと思う。当時の政治状況を考えれば(今もそうかもしれないが)、視察するだけでも強い批判にさらされかねない中、よく搭乗されたと思う。

 その時、沖縄に派遣されていた沖縄の防衛局長および外務省沖縄担当大使も招待したが、残念なことに応じていただけなかった。私が彼ら高級官僚を招待した理由は「オスプレイ配備時には、沖縄県民やその代表である国会議員、市町村長、議員などに対して様々な説明をせざるを得ない。実際に搭乗しておけば、より丁寧かつ説得力のある説明ができるはずだ」という期待からだった。繰り返し招待したが、はっきりした返事は最後までなかった。

 高官とは言え「官僚」だから、精神的にも肉体的にも、そして「政治的」にも恐らく怖かったのだろう。気持ちはわかるが、それは沖縄県民、日本国民に奉仕すべき公僕のあり方ではないし、賢いやり方でもない。県民からの最初の質問が「あなたはオスプレイに乗ったことがあるのか?」というものだった場合、彼らは立ち往生してしまうことになっただろうから。

 その2年後、名護市の島袋吉和前市長をはじめ、北部の区長ら十数名が「オスプレイの県内訓練の実態をみたい」ということで、体験搭乗を行ったこともある。普天間を離陸して北部にあるキャンプシュワブの着陸地帯まで約4分間。あまりの快適さに、居眠りをしていた参加者もいたくらいだ。私自身二十数回の搭乗経験を持つが、軍用機にしては本当に乗り心地のいい航空機だと思う。海兵隊を離れた今一番残念なことの一つは、オスプレイに搭乗する機会が大幅に減ったことだ。「あれに搭乗していたのだ」という誇りと、「もう搭乗の機会がないだろう」という喪失感とがないまぜになった複雑な気持ちで、毎日自宅上空を飛行するオスプレイを眺めている。私は「オスプレイ依存症」にかかった最初の患者だったのかもしれない。

■東日本大震災の時オスプレイがあったなら

 日本政府は日米安全保障条約に基づいて、米軍に基地を提供している。主要なものは、青森県にある三沢空軍基地、関東にある横田空軍基地、横須賀海軍基地、厚木海軍飛行場、座間陸軍基地、岩国海兵隊航空基地、そして沖縄にある普天間や嘉手納基地などである。2011年3月11日に発生した東日本大震災の際、米軍はこれらの能力を被災地支援に活用したが、未曽有の大災害に即応できたのは、経験豊富で専門知識を持つ米軍が、アメリカ本国ではなく日本に前方展開しているからこそ、迅速な対応が可能だったのだと思う。

 しかしそれでも時間がかかった。特に海兵隊は東北から、例えば仙台から1800キロも離れた沖縄にいたため、展開が大変だった。東日本大震災の翌日の朝、我々は普天間から空中給油機KC-130、CH-46数機、士官が搭乗した小型機を第一陣として出発させた。震災当時に海兵隊が使用していたのはCH-46という古い中型ヘリコプターだった。海兵隊はこのヘリを1961年から使用しているが、オスプレイと比較すると速度が非常に遅く、空中給油もできない。航続距離が短いので奄美空港、鹿屋基地、岩国基地と経由し、1日半かけて関東にたどり着いた。ヘリ部隊が仙台空港に展開できたのは3月14日のことだ。

 後に被災地支援の重要なハブとなるこの仙台空港も、震災直後は津波で壊滅的な被害を受けていた。仙台空港の復旧作戦は、私が当時の東担当大臣に直接提案して調整してもらったが、同空港が限定的ながらも使用可能になったのは3月18日だったと記憶している。そこでようやく輸送機の本格的運用も可能になった。

 「トモダチ作戦」の後、我々米軍関係者が一番残念に思ったのは、オスプレイがもっと早く日本に配備されていれば良かったのにということだった。ヘリで3日間もかけるのではなく、おそらく3時間程度で沖縄から展開できただろう。もしもあの時オスプレイがあったなら、米軍による初動はかなり違ったものになっていたはずだ。普通のヘリではないからだ。作戦を革命的に変える航空機なのだ。

■オスプレイの性能と多用途性

 ヘリと比べると、オスプレイの速度は感動的ですらある。垂直離陸もできるが、搭載量が多い場合など、ごく短距離(約66メートル)の滑走後に離陸する形をとる。その滑走距離の短さ、急角度の上昇などからは、この機体の輸送機らしからぬ軽快な運動性が実感できる。短距離離陸時にはオスプレイのプロペラは斜め上を向いているが、離陸して間もなくすると、このプロペラが一般的な航空機同様に横を向く。この時機内のヘッドセットを付けていれば、「We’re going fast now(これから早く飛ぶぞ)」と乗務員に合図するパイロットの声が聞ける。

 従来のヘリコプター・CH-46の2~3倍のスピードを誇るだけでなく、航続距離が長く空中給油ができるのもオスプレイの特徴だ。空中給油は給油機KC-130が同時に飛行するか、指定された空域で給油機と合流することで行う。オスプレイの少し前を給油機が飛び、その後ろ、やや下方をオスプレイが同じスピードで飛行する。垂直離着陸可能なヘリコプターとしての能力だけでなく、ヘリよりはるかに速く飛べる飛行機としての能力を併せ持つオスプレイだからこそ空中給油が可能で、それによって行動半径が広がるのだ。

 輸送力も見逃せない点である。オスプレイはCH-46と比べ、搭載量は3倍に増えている。この能力は大型ヘリコプターであるCH-53ほどではないが必要十分なものだ。この搭載量を生かし、オスプレイは海兵隊が「Bladder」=「空気袋」と呼ぶ補助燃料タンクを機内に搭載することもできる。諸条件にもよるが、「空気袋」3個の搭載で最大5時間近く飛行時間を延ばすこともできる。いずれにしても「垂直離着陸能力」「水平飛行時の速度」「航続距離の長さ」「優れた輸送力」といったオスプレイの特徴は、災害救援時に非常なアドバンテージとなるはずだ。

 この素晴らしい日本を愛している私は、二度とあのような大震災がこないように祈っている。だが「地震の国」「火山の国」「台風の国」と言われている以上、必ずまたくるだろう。これは歴史が語る現実で、日本の地質的な運命でもある。その大災害の際、日本政府の要請で米軍のオスプレイ部隊が対応するのか、自衛隊の「日の丸オスプレイ部隊」が対応するのか、日米が「同盟国」を超える「親友」として一緒に対応するのかわからないが、オスプレイは災害において最も役立つ航空機だと言えるだろう。

■災害現場での実績~フィリピンの例~

 沖縄へのオスプレイ配備完了直後の2013年11月に巨大台風「Haiyan」がフィリピン南部を襲って、甚大な被害をもたらした。沖縄駐留の海兵遠征旅団の旅団長(准将)とそのスタッフが調査のため現地に入ると、死者は6300人を超え、110万もの家屋が倒壊、雨露もしのげない避難者が溢れていた。

 津波のような高波によって空港、港などのインフラも深刻な被害を受けていた。救援拠点となる港や空港のみならず、地方政府も機能を失ったため、遠い首都マニラの中央政府も、有効な手を打てずにいた。

 そこでオスプレイの出番である。沖縄からマニラ近郊のクラーク基地まで3時間あまりで展開したオスプレイ部隊は、クラーク基地と被災地を毎日往復した。救援物資や要員を満載して朝早く離陸、孤立地域に生活必需品を届け、車両や普通の航空機ではアクセスできない地域からけが人、老人、子供や妊婦などの弱者を、安全なところに搬送する。その作業を現地で何度も繰り返した。夜中、クラーク基地に戻った操縦者と乗務員とが睡眠を取る間、整備員が夜通し点検・整備し、翌日のフライトに備えていた。24時間体制で無駄なく運用できた。

 フィリピンでの救援活動において、最終的にオスプレイは合計349回、382・4時間の飛行記録を残した。数多くの救援物資を各地に届けただけでなく、かけがえのない命である被災者2万人近くを搬送した。

 これに関して、普天間基地周辺で反対運動を行う例の活動家のおもしろいエピソードがある。フィリピンでの作戦中もゲート周辺で活動家がうるさく騒いでいた。反対運動の「騒音」は90デシベル近くで、飛行中のオスプレイの83デシベル前後より騒々しい。こんな人たちに一人の住民がこう尋ねたそうだ。「海兵隊のオスプレイは今フィリピンで多くの方々を助けているそうだが、あなたたちはフィリピンのために何をしているんですか」と。当然、返答はなかった。矛盾だらけの反対運動に正当性はない。

 フィリピンでの災害支援作戦に参加した海兵隊のあるオスプレイの操縦者は、昨年10月、和歌山県で行われた合同防災訓練に参加した。操縦席の後ろに座っていた筆者は彼らの経験談を聞いていたが「人の役に立てて何よりだ」と語っていた。メディアではあまり報道されていないようなので、拙論「防災訓練が架け橋となる」(『在日海兵隊ニュース』http://www.kanji.okinawa.usmc.mil/news/150109-eldridge.html)も是非ご参照いただきたい。

 このケースでは必要なかったが、夜間飛行が求められる災害支援や作戦は厳然として存在する。ところが沖縄では夜間飛行訓練が抗議の対象になっている。普天間周辺に住む私自身、夜間の騒音問題に対する県民感情はよくわかる。ただ夜間にしかできない訓練もある。もしもの時に、日本を助けるため役立つ訓練でもあることをご理解頂ければと思う。

■おわりに

 災害時にオスプレイを使ったのはフィリピンが初めてではない。日本配備前の2010年1月、30万人以上の犠牲者を出したハイチ大地震の被災地救援作戦でもオスプレイが大活躍した。現地調査に500人近くを輸送、安全確保のため複数の現場に統合任務部隊を送りこみ、飲料水をはじめ、7トンもの支援食糧や医療物資を輸送した。驚くべきことに、これらの任務はわずか2機のMV-22Bで実施された。

 2012年秋、ハリケーン「サンディ」が私の故郷ニュージャージー州に大きな被害をもたらした時も、東海岸に駐留している海兵隊のオスプレイ中隊が大活躍した。2015年4月25日、ヒマラヤ山脈を擁するネパールで、M7・8の大地震が発生、8460人もの犠牲者を出した。性能の高いオスプレイはやはりその救済者だった。

 アジア太平洋地域では毎年のように大災害が発生している。2004年末に甚大な被害を出したスマトラ大地震から今日に至るまでの10年余りで、東日本大震災を含めて16もの大規模災害があった。このような状況下、日本もオスプレイ17機を導入することが決定した。

 英断だったと思うが、少し気になるのは、日本がハードウェアを非常に重視する一方、ソフトウェアをおろそかにしがちな点である。

 海兵隊で使用中の航空機の中では、MV-22Bは確かに最も安全性が高い。だが実際の運用には機械そのものに習熟するだけではなく、操縦者、乗務員、整備員など、チームとしての人材を養成しなければならない。そのために日米の人的交流や相互理解が重要となるはずだ。

 忘れないでほしい。友情は交流と相互理解から生まれる。「トモダチ作戦」は日米同盟があるからではなく、両国間に真の友好関係があるから可能だったのだ。

 そうした意味でも、最近佐賀県知事が海兵隊のオスプレイ訓練の受け入れを拒否したことは極めて残念だ。そもそもこれは日本政府が要請してきたものだ。沖縄のいわゆる負担軽減はもちろん、オスプレイを運用する予定の陸上自衛隊の能力向上のためでもあった。この決定は共同訓練や相互運用の緊密化という、きわめて貴重な機会を失わせた。なぜこのような結果になったのか、詳細は明らかになってはいないが、特に日本の地方政治家の国家観のなさ、国益という意識の希薄さに私は心底うんざりしている。

 2015年9月は全国的に大雨が降り、広範囲に被害をもたらした。特に街そのものが冠水してしまった茨城県常総市の映像に私は本当に驚いた。被災された方々には心からのお見舞いを申し上げたい。

 濁流が住宅地をのみ込んでいく中、警察や消防、自衛隊、海上保安庁のヘリが、家屋などに取り残された人々の救出活動を献身的に行う姿に、阪神淡路大震災を自ら体験し、「トモダチ作戦」の中心に参加した私は涙を抑えることができなかった。このときは仮ヘリポートと被災エリアが比較的近く、オスプレイは必要なかったかもしれないが、救援手段は多様であればあるほど作戦立案上有利になる。

 オスプレイは数多くの戦闘・救援活動に参加して実績を作ってきた。米軍にとっても災害現場で苦しむ被災者にとっても「救済者」である。全ての活動や作戦を革命的に変える能力を持つ「ドリームマシーン」そのものであることをここで断言しておきたい。

■ロバート・D・エルドリッヂ氏 1968年、米ニュージャージー州生まれ。90年に米国バージニア州リンチバーグ大学国際関係学部卒業後、文部省JETプログラムで来日。99年に神戸大学法学研究科博士課程後期課程修了。政治学博士号を取得。01年より大阪大学大学院国際公共政策研究科助教授。09年、在沖縄海兵隊政務外交部次長に就任。15年4月同職解任。近著に『尖閣問題の起源』(名古屋大学出版会)。

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