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【書評倶楽部】コラムニスト・上原隆 探偵小説の魅力がたっぷり…『タフガイ』藤田宜永著

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コラムニスト・上原隆 探偵小説の魅力がたっぷり…『タフガイ』藤田宜永著

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コラムニストの上原隆さん 1/2枚

 ハードボイルド探偵小説はお好きですか?

 話はだいたいこんなふうに進みます。探偵が関係者を訪ねて歩く。関係者のひとりが殺され、この件から手をひけといわれる。が、探偵はしつこく食らいつき、事件解決へとたどりつく。こういう小説の楽しさは、探偵とともに歩む道行きの文章にある。粋な会話、巧みな比喩、鋭い人間観察、ユーモア…。

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 たとえば本書では、「房子は思い込みが激しい女なんです」と依頼人がいう。すると、「思い込みの激しくない女なんていやしませんよ」と探偵が応じる。

 今は社長になっているが、昔、少年院に入っていた男が、あの頃はスリルがあって面白かったなと懐かしむ。探偵がいう。「若気の至りってのは、後で振り返ってみると、昔食ったコロッケがうまかったって思うような気分になるんだよ」

 怪しい男と探偵が向き合ったときの描写。〈胡散(うさん)臭いニオイが躰全体から滲(にじ)み出ていた。悪人だと決めつけることはできないが、日曜日に家族と共に『アップダウンクイズ』とか『スターものまね大合戦』を視(み)ている人物でないことは確かだった〉

 どうです? 独特の雰囲気があるでしょう。おまけに、時代設定が1974年となっているから、当時を知っている者にはたまらない。探偵の車はいすゞベレット1600GTRだし、飲み物はいつもバヤリースオレンジ。TVをつけると『太陽にほえろ!』をやっていて、映画館には『スティング』の看板がかかっている。コンパ(若者向けの円形カウンターのある大箱のバーをそう呼んでいた)に入ると、ストーンズの『悲しみのアンジー』が流れている。

 どんでん返しがある。最後にはもの悲しい余韻も残る。私立探偵小説の魅力のほぼすべてが詰まっている。(早川書房・2200円+税)

                   

【プロフィル】藤田宜永

 うえはら・たかし 昭和24年、横浜市出身。人生の断面を温かく描き出す独自のノンフィクション・コラムで知られる。

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  • 『タフガイ』藤田宜永著(早川書房・2200円+税)