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【書評】静岡大教授・楊海英が読む『モンゴル帝国誕生 チンギス・カンの都を掘る』白石典之著 ユーラシア最強ほこった軍の秘密に迫る

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静岡大教授・楊海英が読む『モンゴル帝国誕生 チンギス・カンの都を掘る』白石典之著 ユーラシア最強ほこった軍の秘密に迫る

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 考古学は物質資料、すなわち寡黙な「モノ」でもって過去の生活を復元する実証的な研究である。著者はモンゴル国中東部に存在する、東京ドーム13個分もの面積を誇る遺跡を2001年から発掘し続けた。出土品を用いて世界帝国の創設者チンギス・カンの日常生活とユーラシア最強だったモンゴル軍の武器構造を解明するためである。

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 遺跡の名はアウラガで、宮殿や後方軍事支援基地との意。科学的な手法で掘り起こしたところ、宮殿周辺の生活遺構からはサケ科とコイ科の魚骨を確認した。多くの鍛冶工房が林立し、遺跡全体が鉄工コンビナートの様相を呈するほどだった。出土品も鏃(やじり)や釘(くぎ)、簡素な馬具が中心。金銀で装飾された巨大なパビリオンに住み、洋の東西の珍品に囲まれ、贅沢(ぜいたく)の限りを尽くした生活の痕跡は全くなく、世界征服者チンギス・カンは実際には質素倹約な暮らしを営んでいたことが判明した。

 チンギスを生んだモンゴル高原東部には、武器の原料となる鉄が乏しかった。征服作戦の初期においては、南モンゴルの陰山北麓の鉄鉱生産地とシベリア南部ミヌシンスク盆地の鉄・銅鉱を抑えるための出動も多かった、と著者は出土品を文献記録と照合しながら仮説を展開する。

 鉄資源の効率的利用のためには駅站(えきたん)の整備が欠かせないし、それを運ぶ馬匹の育成も必要だ。大量の馬は、寒冷と極端な乾燥からやや温暖湿潤に変わりつつあった13~14世紀の遊牧生活から自然に育まれてきた。かくして稀有(けう)な指導者が現れ、「馬・鉄・道」を戦略的に同時運用した結果、世界帝国モンゴルが出現した、と地下に埋もれていた物質資料に著者は語らせる。

 乾燥地の限られた資源と厳しい環境とを巧みにマネジメントできたチンギス・カンには、乾いた草原を慈しみ、紛争を解決する壮大なビジョンがあった。乾燥地からはエジプトとメソポタミア、インダス文明が誕生し、決して遅れた辺境ではない事実を、モンゴル帝国の都が置かれていた場所は示す。著者の四半世紀にわたる草原踏査の成果は、文明論の佳境に達している。(講談社選書メチエ・1650円+税)