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【書評】書評家・関口苑生が読む『乱歩と正史 人はなぜ死の夢を見るのか』内田隆三著 探偵小説の二大巨星に社会理論で迫る

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書評家・関口苑生が読む『乱歩と正史 人はなぜ死の夢を見るのか』内田隆三著 探偵小説の二大巨星に社会理論で迫る

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『乱歩と正史 人はなぜ死の夢を見るのか』内田隆三著 1/1枚

 横溝正史は、日本の近代探偵小説は、江戸川乱歩によって開始されたと『探偵小説五十年』の中で述べている。乱歩と正史。言うまでもなく日本の探偵小説界の二大巨星である。乱歩が創始者ならば、正史はそれを発展させた功労者といえよう。

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 本書はこのふたりの作品を通して、日本探偵小説の系譜を概観するものだ。著者は社会理論、現代社会論を専攻する東大の名誉教授。それだけに、アプローチの仕方も独特で、まずは当時の社会的背景を考察することから始まる。

 たとえば、都市が拡大していくとともに庶民の日常生活も変化し、他人と接触する機会が飛躍的に増えたのもひとつの要素だ。そうした群集化した社会の中では、他人の裏側にひそむ秘密や不気味なものを覗(のぞ)き見たいと願う人間が必ず出てくるというのだ。

 乱歩の「屋根裏の散歩者」は、まさしくその願望をかなえた作品だった。また、鍵の掛かる個室がアパートとして提供される時代となったことで、密室トリックも考案されるようになる。しかし乱歩はさらに、天井裏が各人の部屋の押し入れから容易に潜入可能となる、日本家屋特有の構造に着目する。乱歩は、新時代の日本的な生活風景の中に、探偵小説の空間を発見していたのである。

 一方の正史は家屋そのものというよりも、家や村といった、これも日本独特の共同体における、因習や習俗に縛りつけられる人間の意志を背景にした作品を書き続けた。『本陣殺人事件』『犬神家の一族』などがその代表で、家の中心にいながら個人としての尊厳を認められず、胸のうちに鬱々とした感情をため込んでいく人物による犯罪。それは最終的には、家自体を潰そうとする思惑もあった。

 かように正史もまた、きわめて日本的な社会規範、経済合理性、習俗的な感情という三つの次元からなる探偵小説空間を構築したのだった。

 本書は、ほかにも多くの作品に言及し、日本の探偵小説はどのような風土、環境の中から生まれたのか、乱歩と正史はそこでどんな役割を果たしたのかが語られる。(講談社選書メチエ・1950円+税)