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カート・ヴォネガット没後10年 相次ぐ短編集やエッセーの刊行 人類への絶望と愛…今日性に光

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カート・ヴォネガット没後10年 相次ぐ短編集やエッセーの刊行 人類への絶望と愛…今日性に光

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没後10年を迎え、カート・ヴォネガットの未発表の短編集やエッセーが刊行されている 1/1枚

 戦後のアメリカを代表する作家、カート・ヴォネガット(1922~2007年)が死去して今年で10年。未発表小説などの刊行が続き、人類への絶望と愛を、優しく、ユーモアたっぷりに紡いだ作家の今日性に光が当たる。

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 中央公論新社は3月、ヴォネガットの遺作となったエッセー集『国のない男』(金原瑞人訳)を文庫化した。文学や芸術論に加え、イラク戦争に突き進んだ当時のブッシュ政権への批判が目をひく。〈われわれの指導者たちは、何百万人もの人々に対してきわめて非人間的な扱いをしてきた。それも、宗教や人種の違いを理由にして〉と、その排他性を戒める。

 担当編集者の三浦由香子さんは「現在のトランプ政権と置き換えても通じる鋭さと普遍性をもつ言葉が多い。世界に絶望しても愛嬌(あいきょう)やユーモアを忘れないのも魅力です」と話す。

 大学で生化学を学んだヴォネガットは、科学的知見や奇想を駆使するSF作家として出発。第二次大戦下、自らが捕虜として体験したドレスデン(ドイツ)爆撃を描いた『スローターハウス5』(1969年)をはじめ、シリアスな題材を軽妙な語りでつづった作品で人気を得た。早川書房での邦訳作品の累計部数は130万部を超える。

 4月末には未発表の短編を集めた『人みな眠りて』(河出書房新社)も出た。「米国では全作品を読みたいというファンが今も多い」と訳者の大森望さん(56)。作家として身を立てようと苦闘していた30歳前後の16編を収める。妻をないがしろにする鉄道模型オタクの悲哀、膨大な財産を相続した若き女性の苦悩、異なる作風で世に出た2人の画家の葛藤…。当時の流行も交えた小話に、真の成功や幸福とは?という教訓がにじむ。大森さんは「驚きのオチを用意した人工的な話が多いのに、人物には血肉が通い、描かれる『悩み』は現代的。押しつけがましくないヒューマニズムもいい」と話す。

 斬新な断章形式や苦みのあるアフォリズム(警句)に彩られたヴォネガット文学は、『風の歌を聴け』など、村上春樹さん(68)の初期作品にも影響を与えた。若い世代にも敬愛する書き手は多く、SFと純文学を横断して活躍する円城塔さん(44)は昨年、ヴォネガットの講演集『これで駄目なら』(飛鳥新社)を翻訳した。「科学的であると同時に人間的に考えることが可能だと示した人。ジャンルは目的さえあれば無視してもいい、といういい実例だった」と円城さんは話す。

 ヴォネガットは『国のない男』で〈テクノロジーをろくに書きこんでいない現代小説は、現代の人間を描ききれていない〉と書いている。SNSが普及し人工知能の存在感も高まる現在、その指摘はより重く響く。(海老沢類)